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2011.03.31 コートジボワールのコト
日本がサッカーチャリティーマッチに湧いた裏で、アフリカの雄 コートジボワールはこんなことになっていた。恥ずかしながら全然知らなかった。
コラム:サッカーが消えた国
過ぎ去りしもの。それは「ドログバ風」のDJによるミキシングが、ビアパーラーの内外で素敵なダンスステップを生み出していた日々。西アフリカで最も安全で、一番活気があったその国は、コートジボワールと呼ばれた。
遠くに消えてしまったもの。それは、アビジャンにあるフェリックス・フフェ・ブワニ・スタジアムへ向かうバスが、カラフルでにぎやかなサッカーファンであふれていた日々。
失われしもの。それは、クラブが練習や試合に向かうために、選手たちをバンへと詰め込んでいた日々。
こうした光景は、もはやコートジボワールから失われてしまった。流れ弾に当たるどころか、どこから打たれてどこへ向かうかも分からないミサイルに、吹き飛ばされるかもしれないのだ。素晴らしいゴールを決め、ヨーロッパのビッグクラブで大金を稼ぐ自国のトッププレーヤーにまつわる噂が、かつては街中にあふれていた。だが今やそれらは、どうやって国を逃げ出すか、どこへ向かうべきかといった話に取って代わられた。
ディディエ・ドログバは、チェルシーの次の試合でどうなるか。ジェルヴィーニョはリヴァプールに移籍するのか。そんな話は、もう人々の口から出てこない。サッカーの話は、人々の話題の最下層へ“降格”した。繰り返し語られるのは、いかに生き延びるかという話ばかり。苦しい時間は厳しさを増し、金と食料、医療は、ワールドカップのゴールのように希少なものとなっている。
昨年末の大統領選挙をきっかけに騒乱が始まると、コートジボワール生まれの私の妻は安全な場所に逃げようと懇願した。この国で16年以上もフリーランスとして過ごした私も、移動すべき時が来たことを悟った。
絶えることのない銃声が、私にアイディアを、我が子たちに平和に包まれた眠りをもたらす夜を奪い去った。私も眠れない夜が続いた。銃撃が眠りを妨げた後の明け方には、いつも窓外に死体を見つける。そんなことを3歳の娘に説明するのに、ほとほと疲れた。「パパ、なんであの人たちは体に穴が開いて、血だらけになっているの?」。あの人たちは、もう二度と立ったり歩いたりできないんだよ。私はそう話し続けた。
家族は4人。私と妻、3歳と11カ月の子供2人だ。動き始める前にはプランが必要だったが、ほかの何千という人々と同様に、内戦を前にそんなことも言っていられなかった。最も近い安全な場所はガーナだが、交通費がない。銀行は2カ月前に閉鎖された。金を受け取る手段が存在しない。
カラーテレビとラップトップパソコンを売ろうと決めたが、誰が金を持っているというのか? 妻は村から村、街から街へと歩いて移動することを提案した。服や宝石を道すがらに売って、食費に換えればいい、と。リスキーではあったが、目に見える死が近づくのを待ち受けるよりも、不安の道でも進んでいくという彼女の決定を受け入れた。
何とかバス代を工面して乗車したときには、疲れた子供たちを甘やかした。そうしなければ、心が不安定になっている子供たちが騒ぎ出し、病院へたどり着くことも諦めなければならなくなるかもしれない。もちろん、誰も視線を払いなどはしないのだが。
6度昼を迎え、6度目の夜を越え、熱に浮かされた旅の果てに、ガーナへとたどり着いた。妻は安どの深いため息を吐き出し、決死の逃避行の提案を受け入れた私に、感謝の言葉を贈ってくれた。「食料と水、それに家を失っても、何日か数週間は生き延びられる。でも、銃弾に出くわしたら、1秒しかもたない」。妻の話を聞きながら、アクラ市中央のバス停留場に座り込んだ私の目は、バンから吐き出されるコートジボワールの人々に注がれていた。荷物はつぶれてほこりだらけになり、「ボンジュール」ではなく「グッドモーニング」とあいさつするように気をつけていた。
一人のサッカー選手に出会った。アビジャンのマルコリー地区にあるスタッド・シャンプルが輝いていた日々、よくこのMFのプレーを見たものだった。彼もアクラへと長い道のりを旅してきた。ただし、私たちと違ったのは、クラブが選手たちに少しばかりの逃避用資金を渡していたことだ。
「ここにはクラブを探しにきたんだ。コートジボワールには、もう戻らない」。彼はそう言った。「もうサッカーができないとしても、生き延びたいんだ」。彼の言葉は、働きに出ていたある朝に、銃弾に倒れたある若いコートジボワール人選手のことを思い出させた。
バスステーションには、30歳ちょっと過ぎの女性がいた。年のほどは5歳から7歳くらいといった娘さんを2人連れていた。眠りにつく家もなく、行くべき場所もなく、このステーションを4日間もうろついていた。ガーナでは、最小クラスのワンルームの部屋を手に入れるにも、3年を過ごしてからでなくてはならない。バッグ2つに詰めた米を売っても、ここまでの旅費にしかならなかった難民は、どうすればいいというのか?
聞けば、アボボから来たのだという。アビジャンの一地区で、政府軍と反政府勢力の闘争で数百人の命が奪われ、50万人が逃げた出した地区である。
「体育教師をしていた夫は、流れ弾に当たって命を落としました。銃弾が飛び交い続けていて、埋葬することさえできませんでした。生き延びるにも、逃げ出すにも、最大級のリスクと背中合わせでした。家の近くのPK18地区では、戦闘による何百という死体が腐臭を発していて、私と娘たちは息ができませんでした。折り重なる遺体を回収する人はなく、その中には私の…、私の夫も含まれていたはずです…」
何とかそう話すと、彼女は泣き崩れた。
何の救いの手も差し伸べることができない。なけなしの5セディ(約3ドル50セント)を探し出して、彼女に渡した。彼女は笑みをつくって感謝すると、再び会えるのはいつだろうと尋ねた。私は答えられなかった。住処がないのは、私も同じだからだ。
千人単位のコートジボワール軍がガーナにも押し寄せていた。おかげでエレファンツ(コートジボワール代表の愛称)も3月27日のベナン戦を行うために、アクラへの移動を余儀なくされた。数え切れないほどのコートジボワール難民は、国外で家もなく、金も希望もない状態である。同じような人間が増え続けている中で、誰がそんな試合のことを気にするというのか。
1990年代に、ジョージ・ウェアがアフリカ西部のリベリア難民救済のために働いていたことを思い出す。政治と傲慢、強欲によって父祖の地を追われた汚れなき魂に、船とトラック満載の食料、薬、衣料を届けた。
今こそディディエ・ドログバやトゥーレ兄弟といった選手たちは、これまで受けてきた愛情をファンへと還元すべきときである。平和が満ち、サッカーが愛おしくてたまらなかった、あの時代に受けた愛情を。
だが今のところ、世界はこういう形で肉体に刻まれる痛みとトラウマを忘れてしまったようである。
文/キングスリー・コボ
2011年3月31日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.30 キングカズに感謝!
やはりカズはカズだったね、岩永です。
昨日のサッカーのチャリティーマッチはご覧になりましたか?僕は間に合わずユーチューブなどで観ました。
あまりにドラマチックすぎるカズのゴール。そして眩いばかりのカズダンス。
こんなことが本当に起きるなんて、こんなことは、ヒーローが登場するのは漫画や映画の世界だけなのに、、
カズがピッチに立った時のあのコールを聴いたか。お馴染み「カズ・カズ・カズ・カズゴール」のコール。
93年のJリーグ開幕時からずっと日本人が愛したコール。
夢みたい、だけど夢じゃない。日本に今一番必要な物がそこにはあった。勇気と元気。
44歳になりボロボロであるはずのカズが、本当に大切なことを教えてくれている。
毎日の小さな積み重ねが明るい未来を作るんだということを、
多くの壁にぶち当たり、傷ついてきたカズが、全身全霊で示してくれている。
カズのあくなき執念が、とまらない疾走が、この日まで続いていてくれたことに感謝したい。
2011年のこの日までよくぞ走り続けてくれた。
思えばカズという選手は、「ここで決めて欲しい」という時に必ず決めてくれる選手だった。
広島アジアカップの時も、ドーハの時も、こういうときに決められるからスーパースターなのか?
イヤ、カズはキングだから。キングカズなんだから。みんなのピンチを救ってくれるヒーローなんだから。
なんの根拠もないが、「日本は大丈夫だ!きっとなんかいい感じになる!キングカズがいる限り」と思えたゴール。
サンクス。キングカズ!
2011年3月30日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.30 ヘアアレンジアプリ
宮田です。
最近ヘアアレンジブログをかいてない。
なかなか文章で説明するのって難しいものですね。コレを参考にしようと思います。
ちゃんと簡単なのをわかりやすく説明してくれてます。むしろオススメです。
ちなみに今日は前髪アレンジをしていますが、昨日お客様に褒めてもらえたので2日連続です。
写真はないです。
2011年3月30日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.29 原発のコト
春らしくなってきましたが、東京の上野公園での花見宴会の自粛を求める看板が立てられたそうで、コレにはさすがに、、、ですね。岩永です。
震災後、色々な記事を意識的に読むようになりました。
そこで思うのはいくら知識を増やした所で専門家ではない自分は、結局自分のジャッジ基準で冷静に判断するしかないというコト。
そこで今日はこんな記事を読みました。
今盛んに言われているのが「no more fukushima!」ですね。
「原発は即時止めるべき」という人の関心は、安全の確保にあるはずです。
今他のところで大地震が起きて福島と同じような事態が起きたら、それこそ取り返しがつかない、そうなる前に止めるべきだと考えていると思います。この考え方は妥当のように思えます。
その一方「原発は止めない方がよい」という人は、「原発停止による経済の停滞を起こさないこと」に関心があるはずです。
経済の発展は震災復興を下支えするものになります。また無理な節電によって二次被害が生じても本末転倒です。
こうして考えると,原発を止めないという考えも妥当ということになります。
原発推進派と原発反対派は長年対立してきたわけですが、3.11.以後原発に関する議論は活発になることでしょう。
ただし、これは「どちらが正しいか」という問い方をしている限り、信念対立に足をとられて前に進むことが難しくなってしまいます。
ここでは問い方を根本的に変える必要がある、ということがポイントです(こうした場合,答えが出るように適切な形に「問い方を変える」というのは哲学が鍛えてきたとても有用な方法なのです)。
つまり「原発は是か非か」ではなく、双方の関心を織り込む形で、「原発を無くしても問題が生じないようにするにはどのようにすればよいか」といった形に問い方を抜本的に変えるという点が、最も重要なポイントなのです。
「原発は止めない方がよい」というひとも、原発の危険性はもはや否定することはできないでしょう。
原発を止めるにこしたことはないが、止めてしまったならば他のところで大きな弊害が出るため賛成はできないと考えている人が多いと思います。
しかし、原発を無くしても問題が生じないとしたらどうでしょうか。おそらくそれなら反対しないと思います(原発促進を利権絡みで進めている人は断固押し進めようとするかもしれませんが、ここではそういう人は置いておきます)。
したがって、原発を無くしても問題が生じないようにするにはどのようにすればよいか、考えていきましょう。
という考え方。
2011年3月29日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.28 「ヒバクシャ」
風邪もすっかり良くなり、ノンビリと休日を過ごしましたよ。岩永です。
世界各地で巻き起こっている核の問題を追い続けてきた、鎌仲ひとみ監督のドキュメンタリー映画『ヒバクシャ 世界の終わりに』『六ヶ所村ラプソディー』と、映画の制作過程をビデオレターとして発表していた「六ヶ所村通信no.4」の3作品が上映されることが決定した。
今回再上映されることになった3作品の一つ、映画『ヒバクシャ 世界の終わりに』の中で鎌仲監督は核廃棄物による汚染など、核の影響によって健康を害した人たちを、あえて原爆の被害者と同じように「ヒバクシャ」と呼んでいる。
本作ではさまざまな状況の下で、核の被害を受けたヒバクシャたちが登場するのだが、中でも鎌仲監督がイラクで出会ったラシャという湾岸戦争で使用された劣化ウラン弾により白血病を病んだ14歳の少女の姿は印象的だ。
鎌仲監督自身もラシャから手渡された「わたしを忘れないで」というメモによって、ヒバクシャたちの声を聞く旅が始まったという。
日本が現在直面している問題と密接にリンクしているといえる本作、未来を考えていくきっかけになるのではないだろうか。
2011年3月28日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.28 ス ク ラ ブ
宮田です。
コレは前にもらったボディショップのスクラブですー。
食べたいぐらいジューシーなピンクグレープフルーツの香り(^^)
今日はこれでマッサージいきますかね(^^)ツルツルなりますよぅに。
2011年3月28日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.26 ピヨ
みやたです。
この脱力系の絵はなにかというと、、
iヒナマツリというゲームです。
ただ、メスとオスのヒヨコを左右に仕分けるという単純作業なんですけど、、
はまります。凄い集中もしますしね。
仕分けた時にヒヨコがぴよぴよって鳴くんですよ(^^)
ちなみに今のところの私の得点は
977 です。挑戦者お待ちしております。
2011年3月26日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.26 正義とは
今日は早起きだったね、岩永です。
今更ですが、最近読んだ。マイケルサンデル氏の本です。
存在自体は知っていましたが、「哲学ねぇ」という感じであまり気が進まなかったのですが、読んで良かったと思いましたよ。
哲学の本なんてなかなか読む機会ないですからね。
でも哲学って生きる上で一番大切なことなんだと思ったし、たとえ仕事をする場合にも、物事を考えるときの根っこみたいなものにもなる。
最大多数の最大幸福という正義。
選択の自由の尊重という正義。
美徳を涵養することと共通善について判断するという正義。
正義の形にも色々ある。
内容的には、
1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか?
金持ちに高い税金を課し、貧しい人々に再分配するのは公正なことだろうか?
前の世代が犯した過ちについて、私達に償いの義務はあるのだろうか?
つまるところこれらは、「正義」を巡る哲学の問題なのだ。
社会を生きる上で私たちが直面する、正解のない(にもかかわらず決断をせまられる)問題である。
哲学は、机上の空論では断じてない。
金融危機、経済格差、テロ、戦後補償といった、現代世界を覆う無数の困難の奥には、つねにこうした哲学 倫理の問題が潜んでいる。
この問題に向き合うことなしには、よい社会をつくり、そこで生きることはできない。
みたいな感じの内容。皆さんも是非!
2011年3月26日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)
2011.03.26 プチ春
宮田です。
今日、アンセムの近くの空き地の前をちょっと通った時にみつけました。
つくし(^^)
それで、、空き地を見渡したけどこのつくししかなかった。
頑張って一番に出てきたんですよ。きっと。
リーダーが、、ちょっと寒いけど怖くないぜ、お前らも早く出てこいよ、、
って言ってるのを妄想。
2011年3月26日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.25 辛ラーメン
高熱でまた痩せたかもしれない、岩永です。
辛ラーメンですよ。いつも行くローソンで頂いたヤツが1つだけ残ってたんですよ。
辛いけどクセになる。
唐辛子の後を引くような辛さの正体は、「カプサイシン」という成分です。
カプサイシンには血行を良くし、発汗を促す働きがあるので、脂肪を燃焼し、肥満予防に効果があると言われています。
その他、ビタミンAやビタミンCが豊富で、夏バテの予防にも効果があります。
肥満予防は余計やね。。
2011年3月25日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.24 しんどかったよね。
久しぶりの岩永です。
謎の40度超えの高熱で、2日仕事休んでしまいました。
大変ご迷惑をお掛け致しました。
また頑張っていきますよー♪(´ε` )
2011年3月24日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)
2011.03.23 マカロン
宮田です。
今日はTさんが夜勤開けにもかかわらず、、アンセムに来られる前に生駒のケーキ屋さん、ルシェルシュのマカロンを買ってきてくださったんです(^^)
すごーい柔らかくて、カラフル。飾ってたい。
わかりやすく言うと、カリふわムニュって感じです。
ほんと美味しい。
有り難うございました(o^^o)
2011年3月23日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.23 雨の日には、、、
宮田です。今日は相田みつをを。
雨の日には雨の中を
風の日には風の中を
暖かい春の陽ざしを
ポカポカと背中に受けて
平らな道をのんびりと歩いてゆく
そんな調子のいい時ばかりはないんだな
あっちへぶつかり
こッちへぶつかり
やることなすこと
みんな失敗の連続で
どうにもこうにも
動きのとれぬことだってあるさ、
当にしていた
友達や仲間にまで
そッポをむかれてさ
どっちをむいても
文字通り八方ふさがり
四面楚歌ッてやつだな
それでも
わたしは自分の道を自分の足で
歩いてゆこう
自分で選んだ道だもの
雨の日には雨の中を
風の日には風の中を
涙を流すときには
涙を流しながら
恥をさらすときには
恥をさらしながら
口惜しいときには
こんちくしょう と
ひとり歯ぎしりを咬んでさ
黙って自分の道を歩きつづけよう
愚痴や弁解なんて
いくら言ったッて
何の役にもたたないもの
そしてその時こそ
目に見えないいのちの根が
太く深く育つ時だから
何をやっても思うようにならない時
上にのびられない時に
根は育つんだから
雨の日には雨の中を
風の日には風の中を
相田みつをが感じたみたいに、その状況をそのまま全面的に受け入れて、常に前向きで積極的に共に生きていきたいって思う。
2011年3月23日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.21 奈良カフェ
宮田です。
今日は旧ドリームランド前にあるメルヘンな アルカイック にランチ行ってきました。先輩と。
いつも用意が遅くて2時までに行けなくて何回もダメだったけど今日は頑張った(^^)
念願のメルヘンカフェだ。
先輩は 森のランチ ていうので、、私は 幸せランチ ていうのにした(^^)ネーミングがメルヘン。
そして、、男同士のカフェランチってありえへんのやろな、、っというとこからいつもの感じが始まった。
今日も満足。
入り口のショーケースやテーブルの上のクッキーやマカロンがメルヘン過ぎて、観てほしかったのでパシャリ。
メルヘンさを完成させているチェックのシャツの店員さんの白ヒゲのおじさんもなんとも言えない(^^)朗らかで優しそう。いっしょに写真撮ってもらいたかったけど忘れました。。
次は絶対ツーショット写真をgetします。
メルヘン言い過ぎですかね、、
本当メルヘンでした。
2011年3月21日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.21 久しぶりの
宮田です。
久しぶりに以前のお店の後輩と話しました。
プライベートが充実していない(^^)私達はやはり仕事の話がほとんど。
これ定番だったりしますが、これでいいと思う。これが自然な形だから。
たまに話せることが嬉しいんだ。
お父さんがご無事で本当によかったよ。
2011年3月21日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.19 台湾マジありがとうね

元気な 甥っ子が産まれたよ。岩永です。
台湾の複数メディアが東日本大震災の被災者を支援するためのチャリティーイベント「相信希望(希望を信じて)Fight&Smile」を共催し、義援金約7億8000万元(約21億円)を集めたそうです。
九州ほどの小さな島国で、日本とは物価も違い、平均月収で10万ほどなので、
人口、物価差などを考えると日本が200億円募金するのと同じくらいになるそうです。
(ちなみに「愛は地球を救う」は24時間で募金額9億5千万円。台湾では4時間半で倍の額、その価値は10倍ほど)
小さくて、決して裕福とは言えない台湾が、日本のためにこれだけのことをしてくれたのです。
どれほど有難いことか分かりますよね。
2011年3月19日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.19 こう思った。
宮田です。
久しぶりのブログ更新です。
東北での大震災後、テレビやTwitterを通していろいろ考えさせられました。
と言う時点で、そうじゃなくってさ、、と思われたりもするかもしれませんが、
震災後、いろいろ考えさせられたのは事実。
出来ることをしよう。
ココになにも災害がなかったのも事実で、いつも通り朝がきていつも通りに仕事へ行く。
東北の方々は、また立て直すためにも働きたいけど今は働けない状態にある中、
まず私がいつものように、働けることに感謝の気持ちを持って働こうと思った。そして、全力で髪のケアと心のケアを。全力で キレイ を提供するんだ。って思いました。
被災者の方々の心が一日でも早く癒されますように。
2011年3月19日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.18 ちょっといい話

日本はこの試練を糧に前に進むしかないよね。
以下は、拾い物のちょっと心温まる話。
最近こんなんばっかで申し訳ない。
さあ、顔を上げよう!
"ついさっきの話
長文すまん。
当方宮城県民。
朝からスーパー並んでたんだが、私の前に母親と泣きべそかいた子供がいたんだ。
子供は大事そうに壊れたDS(画面の亀裂はもちろん色々飛び出してる)を持っていて、時折ボタンを押しては反応が無いことに落胆している様子。
母親との会話を聞くと、どうやらそのDSはサンタさんから貰ったらしい。
子供がすんごい悲しそうでさ、ゲームができないことよりサンタが怒ってないか気にしてた。
周りも私も何とも言えない気持ちになってたら、1人の中学生くらいの男の子が子供に近づいてった。
で、自分のDS渡したんだよその子。
しかも「サンタさんから頼まれた」とか言って壊れたDSと自分の交換してた。
子供大喜び。母親は涙ぐみながら頭下げてた。
凄い嘘臭いけど本当の話。
電気ないし水ないし寒いし食料も充分じゃない。
けどだいぶ気持ちが明るくなったよ。
余談だが、この現場を見ていたらしいおばちゃん達、その中学生に自分達が買った食料分けてた。
私は彼にパワーを貰ったので、これを見たあなた達にもお裾分けしたい。
頑張ろうね。
2011年3月18日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.17 卒業って

卒業式っていいですね。
以下は卒業式を中止した立教新座高校3年生に送られた校長先生からの熱すぎるメッセージです。
諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。
とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。
このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。
多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。
楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。
君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。
中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。
大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
「今日ひとりで海を見てきたよ。」
そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。
悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。
鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
「真理はあなたたちを自由にする」(ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書
一言付言する。
歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。
梅花春雨に涙す2011年弥生15日。
2011年3月17日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.17 カラー練習モデル募集!
アンセムではカラーの練習モデルを募集しています。
ご協力宜しくお願い致します。
ご協力願える方は下記までご連絡ください。
0742?71?0137 (担当 兼村)
2011年3月17日 anthem(アンセム) | スタイル | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.16 元気出していこーか
雪降ってビックリした。岩永です。
卒業式シーズンというコトもあり毎日バタバタとしております。ありがとうございます。
そしてその中には、悲しいニュースばかりで、せめて髪を変えて気分転換しよう。
という思いで来店される方もいるわけです。
私達がやるべきことは、日々一生懸命キレイを作ることです、自分のできるコトを精一杯やろうと。
さあ、元気出していきましょうか!
明日から通常通りにブログアップしていきますよー ♪(´ε` )
2011年3月16日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.14 書くかどうか迷ったよ、ホントに
今日はパーマの講習に行ってきましたよ。
そこで感じたのは、もうアンセムは学ぶ段階から一歩先へ進むべき地点に来ているんだなというコト。専門誌などを読んでいても最近感じていたことだ。
もうアンセムは学んで実践するという場所から卒業しなきゃいけない。これからは生み出していく立場にまわらないといけないんだと実感した。
そして、やっぱり震災のコトになっちゃうんだけど、
スゴく偏った一個人の考えであることは重々承知の上だし、批判は甘んじて受け入れるけど、こんな風に考える人もいるってコトを知ることはなんらマイナスにはならないんじゃないかと思うので、正直に今感じてるコトを書きます。
奈良の街は普段となんら変わらない光景だった。それはとても素晴らしいコトなのだろう。
被災地外に暮らす我々は、いつも通り過ごし、経済活動を活性化することが役割なんだという説は理解できるし、ホントにそうだと思う。
しかし、普段通りに生活し、普段通りに消費するコトこそが正しいとする風潮は理解はできるがそれを主張することには、申し訳ないが個人的には同意出来ない。
「不謹慎だから自粛しよう。はおかしい」という意見もよく目にする。それはそうだ。何が不謹慎だと考えるか、不道徳だと感じるかは人それぞれ自由ですから。だからこそ「自粛したい」と思う主張もあって当然だろ。
みんなどう感じるのかは分からないし、それぞれなんだと思うけど、やっぱり普段と何も変わらない光景は僕にはどこか歪んで映ってしまう。まだまだ幼稚なんだろうか。(勿論、皆それぞれいろんな想いを持っているんだろうけど)
そして、今回の震災で僕が強く感じたのは「キレイごとは抜きにして、命は平等というのは真理だろうか?」ということ、それは決して後ろ向きな意味ではなく。
身近な命を大切に思うのは当たり前のコトだし、今も新しい命は生まれてる。
苦難を乗り越えた時に人は強くなるし、それはどんなコミュニティにも共通する。国というコミュニティだってそれは変わらない。日本は必ず輝きを取り戻す。
そう、この苦難から何を生み出していくのかを考えるのは他の誰かではなく私自身、にょろ。。
2011年3月14日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.13 pray for japan
今日は極力照明を落としての営業でした。少しでも節電する為です。お客様には申し訳ないとも思いましたが、皆様暖かく理解して頂きました。本当にありがとうございました。
以下は、Twitterでの、あくまで個人的に心に刺さった投稿を集めました。色々な考えや立場があると思いますが、みんなステキだと思うし、ホント泣きそう。。
国連からのコメント
「日本はこれまで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で援助する。」
韓国人の友人からさっき届いたメール「世界唯一の核被爆国。大戦にも負けた。毎年台風が来る。地震だって来る。津波だって来る。小さな島国だけど、それでも立ち上がって来たのが日本なんじゃないの。頑張れ、超頑張れ!」ちなみに僕今泣いてる。
NHKの男性アナウンサーが被災状況や現況を淡々と読み上げる中「ストレスで母乳が出なくなった母親が夜通しスーパーの開店待ちの列に並んでやっとミルクが手に入った」と紹介後、絶句、沈黙が流れ放送事故のようになった。すぐに立ち直ったけど泣いてるのが分かった。目頭が熱くなった。
昨日の夜中、大学から徒歩で帰宅する道すがら、とっくに閉店したはずのパン屋のオバちゃんが無料でパンを配布していた。こんな喧騒の中でも自分にできるコトを探して実践している人に感動。東京も捨てたもんじゃないな。
泉谷しげるが、北海道南西沖地震の時も、阪神淡路大震災の時も「てめえら、募金しろ!」つって一人でゲリラライヴやってたよね。売名行為だと言われて「売名?あーそーだよ、オレはよ、売名行為でやってんだ。なぜならよ、有名じゃなきゃ金は集まらんだろ。売名行為だ。一日一偽善だバカヤロー」って。
千葉の友人から。避難所でおじいさんが「これからどうなるんだろう」と漏らしたとき、横にいた高校生くらいの男の子が「大丈夫、大人になったら僕らが絶対元に戻します。」って背中さすりながら言ってたらしい。大丈夫、未来あるよ。
4時間の道のりを歩いて帰る時に、「トイレの御利用をどうぞ。」と書いたスケッチブックを持って自宅のお手洗いを開放している女性がいた。やっぱり日本て世界一暖かい国だよね。あれ見たときは感動して泣けてきた。
被災地に鶴を送りたい皆さん、財布の中を覗いてみてください! おっさんの裏に鶴が描いてある紙はありませんか? 鳳凰や富士山やカキツバタならもっと喜ばれますよ!
「お前今日なんで髪ストレートなん?俺巻き髪の方が好きって言ったべ」、「そーだけどー、まいに出来る節電ってこれ位しか思いうかばなかったしいー」電車の中でのギャルカップルの会話。日本全体が自分にできることを考えてんだな。って実感して、なんかうるうるしてしまた。まいちゃんイイネ!
家屋に取り残され42時間ぶりに救出された高齢の男性が「チリ津波も経験してきたから、大丈夫です。また、再建しましょう。」と笑顔で答えていた。私達がこれから何をするかが大事。
うちの姉って節約とはまったく縁がなくて電気の消し忘れとか多くて大して寒くもないのにヒーターつける人間なんだけど、昨日実家に戻ったらヒーターついてなくて「偉いじゃん節電?」って聞いたら「別に。そんな寒くなかったから」と言ってダウン着込んで湯たんぽ抱いてた。なにそのツンデレ。
米空母ロナルド レーガンの発電能力は、今停止してる原発並み。病人搬入能力は都内の大病院以上。要は空母はでかい街。あの国は、盟友の危機に1日運用に3億以上かかる一つの巨大な「街」を持ってきちゃった。何のためらいも無く。なんなんだアメリカ。
米軍の救出作戦名が「オペレーション トモダチ」だそうで、なんというか、普段は目茶目茶怖いクラスの番長が、いざという時「水くせえな!友達だろうが!」って助けてくれてるような、そんな気分。
さまざまな角度から、反論も攻撃もくると思いながら言ってます。気に障ったら、ほんとうにごめんなさい。いわゆる小額の寄付について、企業や組織でやったことのある人はわかると思うのですが、経費のほうがかかるくらいになることが多いのです。キャンペーンより、実効がほしいので。
地震以降つぶやいてない人はなんか書いてください。「うんこ」でもいいです。とにかく何か書いて欲しいです。
物が散乱しているスーパーで、落ちている物を律儀に拾い、そして黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で混んでいるのに席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。スゴイよな日本。
やったほうがいいこと、しなきゃいけないこと、色々あるけど。本当は、この文読んでる君が生きてりゃそれでいい。
放送はしばらく報道中心になりますが、お子様に見せたいNHKのアニメ、子供番組など、NHKエンタープライズを経由してYouTubeでも配信しています。よろしければお子様にこちらを見せてあげてください。 http://bit.ly/hDqJYs
「暗すぎて今まで見たコトがないくらい星が綺麗だよ。仙台のみんな上を向くんだ。」 (現地での会話)
2011年3月13日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)
2011.03.12 みんなで頑張ろう
傍観者では無く、当事者になる努力を今はしなければいけない。
今日お客様から頂いた料金は有難く募金させて頂きました。ありがとうございました。
今は命を救うコトが最優先です。関西電力も電気の供給を始めたようです。節電に協力しましょう。今できる最善の策です。
イオン系列全店舗で地震の募金を開始しました。
支援物資は仕分けなどに人出を取られる為、今現在ではあまり有効ではないようです。こうなると被災地外からできる事は信頼できる団体への募金、義援金の寄付がベターかと思われます。
献血は、血液鮮度の関係上、呼びかけがあってからの協力が一番助かるとのことですので出来れば平日にご協力お願いします。
自衛隊員は特例を除いて、自分が被災者でも仕事を優先しなきゃならない。入隊時にそういう同意書がある。だから、自衛隊員を見つけたら「ありがとう」「お疲れ様」「頑張って」と声をかけてあげて。彼らは家族の安否も知らずに私達を助けてくれている。
2011年3月12日 岩永 | 岩永 | コメント(2) | トラックバック(0)
2011.03.12 できるコト
皆様おはようございます。
三陸沖大地震という悲劇に、私達アンセムに何が出来るのだろうと考えました。
考え末アンセムの基本理念に添い、私達は今日一日の売上を救済支援に寄付するコトに決めました。(日本赤十字社に寄付します)
パフォーマンスだと思われても結構。
それが、今の私達に出来る精一杯のコトです。
今日一日私達は、100%誰かの為に頑張ろうと思います。
今何が出来るのか、一人一人、真剣に考えよう。
2011年3月12日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.11 助け合い
三陸沖大地震の被害がこれ以上拡大しませんように。岩永です。
立ちくらみだと思ったら地震だって気付いて、仕事が一息ついてからTwitterを覗いたら地震のコトだらけでした。
みんなが津波の情報とか流していて、こういうこと言うのはおかしいのかもしれないけど、なんかスゴイなって思ったんですよ。
微力ながらみんな必死で少しでも何かできるコトが無いかと探してる、助けようとしてる。
僕にできるコトは何だろう。
2011年3月11日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.10
宮田です。
今日はさおりんのカラー教室の日だったので私はモデルしました。
カウンセリングからやってもらってオレンジ系の色にしてもらいましたよ。
カラーカウンセリングはアシスタントのうちの、大事な勉強になるから頑張るのだよ(^^)
またカラーモデルをしてくれるかた募集すると思います。
詳細は後ほど。。
2011年3月10日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.10 リビアのコト
風邪かもしれん。岩永です。
チョット書くコト無くて、、
リビアの今が良く分かる記事を転載しました。
40年以上にわたって独裁政権が続いていた北アフリカ、リビアで、今年2月、大規模な反政府デモが発生。動きが急速に拡大する中、政府による武力弾圧で多くの犠牲者が出ていると伝えられ、国際社会からは非難の声も高まっています。
では、そのリビアとは、そもそもどんな国だったのか?人々はなぜ今、何を求めて立ち上がっているのか?日本人の母親とリビア人の父親を持ち、少年時代の多くをリビアで過ごした、アーデル スレイマンさんに語っていただきました。
リビアは暮らしやすい国だった
僕の父親はリビア人で、母親が日本人です。生まれたのは日本なのですが、父親の仕事の関係で6歳のときリビアに移り、19歳までそこで暮らしていました。高校を卒業した後、日本のNGOで働くために今度は1人で日本に来たのが2006年のこと。今は通信社でアラビア語の通訳、翻訳をしながら、大学にも通っています。
僕の知っているリビアは、もちろんその時期によって違いはあるけれど、安全だし、人もいいし、本当に暮らしやすい、住みやすいところでした。今も、もちろん大好きな国です。
僕が初めてリビアに行ったのは1994年ごろで、国連による経済制裁※のさなか。首都のトリポリでさえ、まだ高いビルは数軒しか建ってないような状況でした。モノも不足していて、砂糖や油など配給制のものもあったし、ジュースや煙草などの日用品もとても高かったですね。
その後、徐々に市場経済が導入され、1999年に経済制裁が解除されると、徐々に経済発展も進んでいきました。街にビルが次々建ったり、高い外車に乗る人が目立つようになったりして。一方で、政府にコネのある人間だけがお金持ちになっていったりと、貧富の差が急速に拡大した面もあるんですが。ただ、どちらにしてもそれで「食べていけなくて飢えている」人がいるような状況ではなかったと思います。
僕が子どものころには、学校でも厳しく「反米」を教え込まれたりしたけれど、経済制裁が解除される少し前から、それも少しずつ変わっていきました。なんとなくちょっと政府がアメリカに接近しつつあるのかな、という雰囲気は感じていたし、現在のリビア国民のアメリカに対するスタンスもさまざまだと思います。
アメリカの政府については、たしかに嫌いな人が多いです。特にイラク戦争やアフガン戦争のときにはリビアも空爆を受けましたから、その意味での「アメリカ」に対する敵対感情は強いでしょう。でも、アメリカ政府とアメリカ人は別だ、とちゃんと考えている人もたくさんいます。そもそも、みんなアメリカの音楽は聴くし映画も見ますからね。
そう、映画や音楽については、基本的にいっさい制限がありませんでした。インターネットも普通に使えるので、海外の情報はちゃんと入ってきていたんです。海外のテレビも見られて、時間によってはNHKのBS放送も見られた。他の締め付けが厳しい分、そういう部分では自由を与えて、国民の不満が溜まりすぎないようにしていたという感じ。そこがサダム フセインなんかとカダフィの違うところですね。
(国連の経済制裁。1988年、イギリス上空を飛行中だったパンアメリカン航空の航空機が爆発、墜落する事件が発生。のちにリビア政府の関与によるテロ事件と断定され、リビアは1999年まで国連による経済制裁を受けた。 )
西洋的な「自由」はなかったけれど
もちろん、何も問題がなかったわけではありません。公の場で政府を批判することは厳しく禁じられていたし、メディアにも基本的に政府批判はいっさい載りませんでした。革命直後※のころのように「政府批判を口にすれば即縛り首」という時代ではないので、友達同士で話しているときに「カダフィはダメだ」みたいな話をすることはあったけれど、それを公に口にすることはありませんでしたね。1996年には、刑務所に収容されていた政治犯1200人が、突然軍によって虐殺されるという事件までありました。
それに、「人民主権に基づく直接民主制」だというけれど、国民に決定権があるのは小さな問題だけで、国政にかかわるようなことにはまったく関与できない。そもそも、政府が何をやっているのか、何をしようとしているのかも、リビア国民にはまったく知らされないんです。2003年に「核兵器の廃棄」が発表されたときも、国民のほとんどの反応は「核なんて持ってたの。」でしたから。それから、経済的な問題。教育や医療が無料だといっても、公務員の給料は経済制裁時代とほとんど変わらなくて、学校の先生はアルバイトをしないとやっていけないし、公営の病院は治療の質がとても低い。失業率も30%くらいと高くて、大学を出ても働くところがない、という若者も多かったし、なんとか仕事が見つかっても、それに没頭できるほどやりがいがある仕事は本当に少ない。だから、僕くらいの若い世代のリビア人はみんな「ヒマ、ヒマ」というのが口癖だったんです。
リビアの石油埋蔵量は世界8位で、アフリカ大陸では3位。それだけ豊かな資源があるのに、この経済成長のスピードはどう考えてもおかしいですよね。それに、石油というのはいつか必ずなくなるものだから、それに頼らずやっていけるような、持続可能なシステムを今のうちに構築しなくてはいけないのに、それもできていない。それは、僕だけじゃなく多くの人が感じていたことだと思います。
ただ一方で、だからといって「生活していけない」わけではないんですね。表現の自由などの西洋型の「自由」はたしかにないけれど、人々がそれをそれほど強くは求めていなかったという面もあったと思います。公に政府批判さえしなければ、とりあえず食べてはいけるし、経済成長のスピードが鈍いとはいっても、ビジネスチャンスがまったくないわけじゃない。その意味では、国民の間に不満はあっても、それが今すぐ爆発するという状況ではなかったと思います。
(革命直後。1969年、それまで王制だったリビアは、当時27歳のカダフィを中心とする青年将校らのクーデターによって共和国となった。 )
「今しかない」感覚が、人々を立ち上がらせた
にもかかわらず、今回のような大規模な反政府運動が起こった理由の一つは、やはり「便乗」だと思います。
「直接民主制」をとるリビアには議会もないので、正規ルートで政治を変えられる手法が基本的にはありません。としたら、リビアが変わるにはカダフィが死ぬか、もしくはクーデターしか手段がなかった。それだけに、クーデターなんて無理だし、どうせ何をやっても変わらないよ、というあきらめがリビア人の間にもあったんだと思います。だったら、普通に食べてはいけるんだし、今がベストではないけどこのままでもいいよ、と。
ところが、今年に入ってチュニジアやエジプトの革命が起こったことで、リビアの人たちの中にも「自分たちも何かやれば、どうにかなるんじゃないか」という感覚が生まれた。同時に、「このタイミングを逃したら、二度とこういう革命的なムードは生まれない」とみんな思ったんでしょう。僕自身もそれは考えましたから。
それでも、2月の初めにフェイスブックなどのインターネットを通じて「行動しよう」という動きがあったときは、まだそれは「反政府デモ」ではなかった。2005年の2月17日に、国内第2の都市ベンガジで、イタリア大使館前でデモ※をしていた市民に対して軍が発砲し、死者が出るという事件があったんですが、この事件の犠牲者追悼を、同じ2月17日にやろうという呼びかけだったんです。それが、在外リビア人も加わってインターネット上で意見がかわされるうちに、だんだんと「独裁を打倒しよう」というような、より政治的な色合いのものに変わってきた。
それでも、僕はまだトリポリでは何も起きないだろう、と思っていました。ベンガジは歴史的に反カダフィ感情の強い場所だし、2月17日の事件の「当事者」ですから、そこでは絶対何かが起こるだろうけど、トリポリにまでは波及しないだろう、と考えていたんです。
ところが実際には、17日が来る前、15日ごろから、ベンガジで早くも小規模なデモが始まって。その翌日には軍の発砲があって、最終的には死者も出ました。それによって市民の怒りは爆発し、急速にデモが拡大していった。そしてそれがトリポリにも波及し、そこにまた軍が発砲したことで、さらに反政府の動きは激しくなっていったんです。
(イタリア大使館前でのデモ。2005年9月、デンマークの新聞にイスラム教の預言者・ムハンマドを風刺する内容の漫画が掲載され、イスラム社会に大きな非難の声を呼び起こした。その後、イタリアのベルルスコーニ首相がその風刺画をプリントしたTシャツを着用したことで、ベルルスコーニに対する反発の声も高まった。)
2011年3月10日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.09 届いたょ
宮田です。
今日は、店長がつくってくれた新しいチラシが印刷会社から届きました。
ので、、営業後に三人でポスティング行ってきましたよー。今夜は冷え冷えでしたね。
沢山の方々にチラシみてもらえますよぅに(^^)
2011年3月 9日 宮田 | 宮田 | コメント(2) | トラックバック(0)
2011.03.09 夢を掴む人
「NEWS ZERO」の本田圭佑独占インタビューはご覧になりましたでしょうか。
自分自身を客観的に見つめ、大きな目標と自分自身の現在地を把握し、一歩ずつ歩みを進めていく本田圭佑。
夢を叶えるためには、具体的なアクションとイメージするコトがやっぱり大切なんだと、本田も言ってる。
「勝負というのは常に紙一重だと思うし、たとえば練習試合では日本だってアルゼンチンには勝てるんですよ」
「ただ本番になったら何で勝てないのか。そこをもっと日本人は考える必要があるんじゃないかと思いますね」
「じゃ本番で勝つためにはどうしないといけないのか。それを普段の練習からもっと真剣に考えて、普段の練習からそういう姿勢で取り組む必要があるんじゃないかという風に思いますね」
「当然自分がイメージしてたところっていうのは、もっとすごい高いところにあったし、そこにたどりつけてない自分には悔しいですけどそれはそれで。まだまだ自信があるんでね、遠回りはしているけど、たどりつくイメージがあるので何ら不安はないですし、そういう意味での毎日の戦いを楽しんでますね」
「遠回りをしたことで学んだこととか、遠回りをしないと学べないことってあると思うんですよね。そういうサッカー選手としてだけでなく、人として大切なことも学べてるんで、そういう意味ではホントいい感じできてますけどね」
「最終的に自分の目標、夢にたどりつくことができたら、最高の幸せでしょうね」
2011年3月 9日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.08 分け目
宮田です。
最近イヤなとこで分け目がつくようになりました。
髪は女の命といいますが、何を重視しているかはそれぞれですよね。
艶命か、ボリューム命か、前髪命か、前髪の横の毛命か、あげだしたらキリがない。
その人にしか分からない細かいこだわりがあったりとか、例えば、、私は左右の目と輪郭が対象じゃないのがイヤなので、右の目と輪郭をなるべく左より目立たなくしたい。
気持ち、左から髪を流すようにしたいわけです。そうすると、右側にかぶる髪の方が少し多くなるので、それだけでも安心感が得られる。
女性の方、、そんなもんじゃないでしょうか。勿論男性もですね。すみません。。
なのに、、したい方と逆に分け目が出来たんです。。イヤだ。
てな訳で、、前髪、顔まわりの髪がいかに大事かってことです。
見え方はココでかなり変わりますよ。前髪の長さ、幅、奥行き、下ろすか流すか、これで、顔が丸くみえたり、長くみえたり、三角にみえたり、えらを強調させてしまったり、
驚く程かわってきます。
勿論、好みもありますもんね。
何かしっくりこない。とか、こんなんが好きだけどどう、、とか、気になることがあれば私、み や た までどうぞ)^o^(
2011年3月 8日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.08 スゴイゲーム!
休み開けは体重い、、岩永です。
iPhoneゲームの「Infinity Brade」です。
iPhoneのCMにも出てくるアレですね。
割と単純なゲームなんですけど、とにかく映像が美し過ぎる!
コレはほんとスゴイですよー ♪(´ε` )
2011年3月 8日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.08 今日の講座
宮田です。
今日は 資生堂のSEASON HAIR
SPRING and SUMMER に行ってきました。
この春夏のトレンド、カラー、ヘアメイクの傾向などになってくるんですが、多様化の時代なのでやはり絞りにくいのが現状みたいです。
2人のモデルさんのヘアメイクのデモンストレーションを観ることが出来たんですが、
単純に、私はモデルさんお2人がヘアメイクを施されてより魅力が引き出されていくのを観るのが楽しかった。
キレイなモデルさんとステキなスタイルに囲まれたい、ずっと観ていたいと思った。これはちょっとしたショーを観にきた客という感覚になっていたんだとおもいますが、そう思えるような見せ方、話し方を出来る技術者が凄いと思いました。
これは結構、講習に行くたびに思ったりしますけどね。やっぱり比べてしまったりもします。
それに、原点のやっぱり美容が好きなんだなっていうのを掘りおこされました。そこから始まってる。
何か今日は講座中に勝手にいろんな思いを駆け巡らせてしまいました(^^)
買い物欲もわくってものです。
今日も刺激をもらえた。サロンワークに持ち帰っていい仕事と、いいと思われる仕事をしよう。
2011年3月 8日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.07 意味ない話
祝、長友初ゴール。岩永です。
渡邉美樹氏(元、ワタミ株式会社代表取締役会長)の「本当の立候補の理由」という記事を読んだ。
ワタミの経営者だった渡邉氏がナゼ東京都知事選挙に立候補したのかを自ら語っている記事です。
そしてその後、いつものサウナで年配の方が「政治は変わらないといかん、民間の人間がやるべきだ」と熱く語っていた。
そうなると優秀な経営者である渡邉氏は適任のように思える。
渡邉氏は「東京を経営する」と語った。
なんとなくやってくれそうな気もする。
しかし、そもそも経営と政治は全然違うもんじゃないの。
企業経営であれば、「地球上で一番多くのありがとうを集めよう」という理念の元に、ソレを社員全員が共有し、お客様に喜ばれる方法を考えればいい。
しかし、都民は消費者ではない。それぞれが自分に合ったサービスを選んだ上でその対価として料金を支払うのではない。同意しなくても強制的に税金として料金を支払わなくてはいけない。
そしてそもそも、都民は「お客様」ではなく「経営者」である。と考えることもできる。
そうなると、指示系統は?ということになる。
「我々はこういう理念をもって仕事をしている。だからあなたがこの理念を共有出来ないのであれば、ここに居るべきではない。」と言うことは筋違いになる。
全職員が同じ目的を持つコトは不可能に思える。
我々が理念を創出する立場だというコトになり、そこが達成出来ない限り何も始まらないということになるのでは?
つまり、お客様が存在しない。買い手の存在しない経営など存在するのだろうか?
なんかよく分からない話になってきた。
つまり、なにが言いたいかというと、
「そんなコトを考えながら入るサウナは、あまりリラックス出来ない。」
ということだ。。
2011年3月 7日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.06 ケンタッキーの
宮田です。
最近ブログ更新が滞っておりました。なまくらです。
今日は日曜日なのでクラッシャーズを買いました。ケンタッキーのやつです。
味は、クッキークリームね。
コレはささやかなご褒美と三月頑張れよ。の深い意味がこもってます。
が ん ば る ぞーーーーーー
2011年3月 6日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.05 あじゅちゃ屋
今日は大渋滞させてしまい、ご来店頂いたお客様には大変ご迷惑をおかけしました。
最近オープンした「あじゅちゃ屋」です。
和歌山ラーメンです。
つけ麺食べたかったんですが、そこは礼儀作法として次回にとっておき、今日は普通のラーメン(こってり)です。
あっさり、ふつう、こってり、と選べます。
美味しいかどうかは、アナタ次第だ ♪(´ε` )
2011年3月 5日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.05 クエッ
宮田です。
久しぶりにコレを買った。
この間、男の子のカットをしてる時にチョコボールの話になって、、キャラメル味が大好きでって話してくれてたのを思い出して、つい。
キャラメルはなかったけど、かわりにクッキークリームってのがありました。エンゼルマークはついてなかった。
チョコボールのようにずっと長く愛されないと。と思い、味わいます)^o^(
2011年3月 5日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.04 ワックスかけたし
また寒くなったねぇ。岩永です。
今日は終了後、前々から気になっていたシャンプーブースの床ワックスをかけました。
黒のフローリングって汚れが目立たないと思ってたけど、ツヤが無くなるとスゴイ目立つんですよね。。
写真では分かりづらいですが、ピッカピカですよ、ピッカピカ!
2011年3月 4日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.02 背中が、、て時は
宮田です。
背中が痛い、重い、しんどい時はコレ。チチからもらったやつなんですけどー。。
なんて言うんだろうか、、コレは。
超強力ゴム。かな
かたいゴムが更に三つ編みになってて、超強力。コレを背中の後ろで伸ばしたり縮めたりすると、背中が凄いスッキリする。
と、、言いながら、コレも前書いたっけ、と思ってしまうのであった。
2011年3月 2日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.02 今月のケミカル
パッチそろそろ脱ごうかな。岩永です。
美容専門誌「マルセル」の最新号です。
「ケミカルチーム」の特集です。
大きいお店になると美容師としてのサロンワーク以外に、パーマやカラー、トレンドなどそれぞれに専門的なチームを作り、総合力を高めようというコトが多いようです。
そのなかに薬剤の研究などを扱うチームを作ることがふえてきています。
薬剤はどんどん進化するのに美容師の知識が追い付いていないということがまだまだ多くあります。
アンセムはまだ小さな店なのでスタッフそれぞれがケミカルチームみたいな感じですね。
そして間違った知識を持ったお客様に正しい知識を教えてあげるコトも美容師の大切な役割です。
しかし、間違った知識を教えるのが美容師だという現状は、今も続いている。。
2011年3月 2日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.01 完成したし
今日から三月ですよー。岩永です。
やっと出来た、、けっこう前から作りだしてたチラシ、やっと出来た。
すっごい色々やり直して、また気になってやり直して、色んな人に聞いてまたやり直して。
やっと出来た。
もうやり直さない。。
2011年3月 1日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)
2011.03.01 セミナー
宮田です。
今日は新大阪にセミナーに行ってきました。
凄い楽しかったし、引き寄せられるような話し方、進め方。
さすが、ホストクラブShionのオーナーの井上敬一さん。
早速、ためになるのでメールマガジン配信してもらえるように登録してしまいましたょ(^^)
詳しいことはまた。
2011年3月 1日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)
岩永
どこまでも誠実に美容と向き合っていきたいです。 そしてお客様に大切にしたいと思ってもらえるようなそんなお店をつくっていきます。
宮田
anthemのコンセプトでもあるように「当たり前のことを当たり前にする」を継続し、いつも変わらずおもてなしします。同じく、大切にされるお店をつくっていきます。
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