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2011.05.31 干されるのは妥当である

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「うちの表札にエドモンドって書き足した奴ちょっとこい 」(2chから)岩永です。



コレは、反原発がどうというより、やり方の問題ではと。


「こういうコトがあるからネットは怖いねぇ。」


とかって思いがちですけど、ネットはもう無くなることは無いわけで、より一層ネット社会は加速していくわけです。


それはネットは便利だし、無限の可能性が広がっているから。


だったら、上手く付き合っていくしかないでしょ。。



悪いのはネットじゃ無くて、ソレを使う人のマナーだ。


それはなんであれ、そうだと思うんだけど。。




[残念ながらTwitterで反原発をしている方を干すのは妥当である]



『今日、マネージャーからmailがあった。

「7月8月に予定されていたドラマですが、原発発言が問題になっており、なくなりました。」だって。

マネージャーには申し訳ない事をした。

僕をブッキングする為に追い続けた企画だったろうに。

ごめんね。』



という山本太郎のTwitterでの発言が話題になった。



その後、山本氏のツイートには具体的な番組名が無かったため、ネット上にて「犯人探し」が始まった。



そして、匿名掲示板2chにおいて、「華和家の四姉妹」が問題の番組ではないのか?


という書き込みがあり、それを見た人達がTwitter上で取り上げ、華和家の四姉妹が問題の番組ではないかという噂がネット上に広がった。



現在、それを見た「華和家の四姉妹」の関係者が事実無根であるとして抗議をしている状態である。



さて、問題の2ch発言だが、



『山本が降板させられたのはこの2つのいずれか
NHKドラマ10「胡桃の部屋」(7月26日から8月末まで)
TBS日曜劇場「華和家の四姉妹」(世界陸上のため最終回が8月21日)』


『たぶんTBS日曜劇場「華和家の四姉妹」の方だと思う
スポンサーが東芝』


『たぶんTBS日9降板させられたので正解。他の民放ドラマは9月中旬や9月いっぱい放送予定だし』


『山本が降板させられたのは
TBS日曜劇場「華和家の四姉妹」
最大スポンサー・TOSHIBA
原作・柴門ふみ
主演・観月ありさ』



これを見る限り、何か確定的な根拠があっての発言ではなく「スポンサー・TOSHIBA」

原発関連企業ならこれじゃね?


という単純な発想のようだ、これは極めて根拠に欠けていると言える。


また、「華和家の四姉妹」のスタッフの方のツイートによると、この番組は7月8月9月までのドラマであり、「7月8月に予定されていたドラマ」という条件に当てはまらない。



『彼がどの番組を降板させられたかは知らない。しかし、僕自身は「華和家」の直接のスタッフであり、キャスティングの全ての経緯を知っている。しかも、我々のドラマは7月8月9月までのドラマである。逆にあなたは何の根拠があって「加害者の逆切れ」と批判しているのか示して欲しい』



「華和家の四姉妹」説は、

・山本氏の元ツイートにある条件を満たさない

・根拠は「スポンサーが東芝」程度

・匿名掲示板で一人の人が連呼していたものがソースと、極めて怪しいものだということになる。



すると、2011年5月28日23時現在、以下のようなことが判明した

関連のツイートがどんどん削除されている。

この関連の発言は、Twitter上からどんどん削除されている。

そしてそれが政府による隠蔽工作だと騒いでいる方がいるようだ。

しかし、今回の場合、削除はユーザー自身による自主的な物であると考えられる

以上のようなツイートが80回以上リツイートされているからだ。


『山本太郎が下ろされたドラマはTBSだというのは全くのデマです。

ツイートした人、リツイートした人、すぐに削除して下さい。

彼の信用問題に関わりますし、あなた方が彼の芸能生活を出来なくしてしまいます。』



この削除、山本太郎さんの信用問題に対しては有効かもしれないが、風評を撒き散らされた方達へのサポートとしては機能していない。



以上を踏まえると

Twitter上で反原発を積極的に行っている中に

・「2chの怪しい情報を拡散して風評被害を与え」

・「そのまま風評被害者への名誉回復を行わない」
人たちが中心になっているクラスタが存在することがわかる。


これは、企業にとって大きなリスクとなる。


全く関係の無いことで風評被害を受ける可能性があり、その人達の中に被害者の名誉を考慮しよという人が少ない。


すると、被害者自信が手間暇をかけて名誉回復をしなければいけなくなる。



このような状況が続くようならば、Twitterで反原発をしている方を干すのは企業にとって妥当な判断になってしまう。


関わり合いになって揉めたら風評被害を受ける恐れがあるからだ。


(干す、というのは多くの場合、積極的に排除するのではなく、候補者が二人いるならば「面倒な方はとらない」という消極的な方法で行われる)



このままで本当にいいのだろうか?





 

2011年5月31日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.31 タニタのプリン

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みやた です。


あの体脂肪計で有名なタニタの食堂。

金スマでも特集をされ、そのダイエット効果に熱い視線が注がれてるみたいですね。

タニタという健康を提供する会社の社員は健康であるべきという社長の理念のもと、
タニタ食堂ではダイエットに効果的なレシピで作られたメニューが提供されているらしいです。

タニタ食堂のメニューを食べた社員の人たちが10キロ近くのダイエットに成功!
そんな衝撃的な事実がテレビ番組で特集されてから、今話題が集中していますね。


最近、LAWSONとタニタのコラボのプリンが出てるんですよ(^ ^)
100カロリーなんです。ちゃんと美味しいしから嬉しいなぁ(^ ^)


2011年5月31日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.30 ランチ行った

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みやた です。


今日はコニたんとドライブがてらの松阪牛ランチに行ってきましたよ。


雨と暴風が凄かったけど、向こうに着く頃には気持ちいぐらいに晴れて雲がキレイだったー。


またもや出発するのが少し遅かったので3時ぐらいのランチになりましたけどね。

目的は松阪牛だったので、行ってすぐ帰ってくるだけだけど移動中にガールズトークがいっぱい出来ました(^ ^)

ガールズトークと言ってもコニたんにはいつも、みやん は男っぽいと言われるんですよね。

おかしいな。



2011年5月30日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.30 ロストジェネレーション

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一緒アレッて思う、画面の後ろが透けて見える写真。岩永です。




他者からの評価に振り回されてきたロストジェネレーション。


自分はたしかに、めちゃめちゃ優秀な若者ではないかもしれない。

しかし、そこまで無能でも無いハズだと。

なぜ、そこまで散々に言われる必要があるのかと。


価値基準を外側に置くことをやめたロストジェネレーション。


新たな価値基準を持った彼らは、どんな未来を描き、どのような社会の在り方を示していくのだろう。


若者はダメだと言う人もいる。


しかし、自分はそれ程有能であったか?

 

 

昨日のBLOGOSでの記事。




『二代目ロストジェネレーションが失なったもの。望み。そして、 僕らは何からはじめるべきか』

 


willyさんの記事 「ロストジェネレーションが失なったもの」(http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-502.html)や、

はてな匿名ダイアリーで話題になった記事 「就職王が贈る、新入社員が覚えておくべき10の事柄」(http://anond.hatelabo.jp/20110429004257

を読んで、いろんなコトを考えた。



僕はツイッター先行で、こうして今ブログをやることになったのだけれど、ツイッターはじめたころは、今みたいな社会派(笑)ツイートなんかまるでしなかったのに、どうしてこうなったんだろう。

と思いを馳せた。

ああ、就活が、僕を変えてしまったんだな、と思い出した。

自分自身の行き詰まり感を感じたのは、このときがはじめてだったと言ってもいいかもしれない。




僕は地方のさりとて優秀でない公立小学校から高校出身で、当時の同級生たちのいい知らせを、あまり耳にしたことはない。

進学した大学は、東京のそこそこ有名な大学だったが、それでも、自分の将来に不安や苦痛を抱えながら、卒業して行った学友は少なくなかった。

就職氷河期の再来。

世間ではそういわれていた。



実際のところ、僕自身も、就職活動は上手くいかなかった。

不採用通知がたび重なって、自分の居場所は、この国の、この社会にはないのか、なんて、オオゲサな自己否定をこじらせる日々がはじまった。

本当に苦しくなって、誰に相談できるわけでもなく、ひっそりと1ヶ月くらい、就職活動そのものをやめてしまったときもあった。そのとき何をしていたのかといえば、わけもわからず簿記や中国語をやっていた。

ははは。自己肯定が難しい時代になってきたな、なんて、ぼんやりと思った。



そのころは、ツイッターやブログもやっていなくて(そもそもツイッターは流行ってすらいなかった)、大学に行っても、友達はみんなシューカツをしていたから、大学にはいなかった。

誰とも会えない日々が続いたので、こんなに、社会に受け容れられない、能力的に社会に受け容れられるはずもないのは、自分だけなのだろうか。

自問の日々だった(要するに、あんまり友達がいなかったのだ)。



ツイッターをはじめてしばらくした頃、僕はようやく内定を得た。

それが、6月の下旬くらいだっただろうか。

それでも、もうすっかり、自分を肯定できなくなっていた。

なんで自分が内定できたのかも、実は働き始めた今でもよくわかっていない。




就職難の話題が、テレビでもネットでも話題になっていた。

「不況による大手志向が若者の就職難に拍車をかけている」とか「大学生が昔よりずっと増えたせいで、過剰供給になっている」とか「バカな学生が増えて、企業はほしがらない。中国人学生の方がずっと優秀」とか、いろんなことが言われていた。

おかしいな、と思った。



だって、僕は、たしかにめちゃくちゃ優秀な若者とはいえないが、一方でそこまで逸脱したはみだし者だった経験もないし、大学受験だって、最善をつくしたはずだ。

どうしてこんな、散々に言われているんだろう、と思った。

日本の経済状況や社会情勢と照らし合わせて自分の将来を選んだかといえば、そこまでのことはしなかったことは認めるが、リーマンショックや急速なグローバル化を、先見の明をもって対応できた若者なんて、どれだけいたんだろう。

僕らは、社会が求めるほどには優秀ではなかったかもしれないが、社会がこき下ろすほどに無能だったとは、とても思えなかった。

社会の動きを、先手先手で感じ取れなかったのが、それは個人の努力や能力の問題ということもできるが、本当にそれだけなのか。



いや、確かに、全部が社会のせいではないのはわかってる。

そのとおりだ。それは間違いじゃない。

けれど、まだ働いたこともない、力もない若者の自助努力がたりなかったから、といって、それで全部片付けてしまってもいいのか。



ああ、そういえば。

僕たちがロストジェネレーションになる前の、先代のロスジェネたちも、僕たちと同じようなことを言われていたな、と思い出した。

それなりに頑張ってきた人たちが、報われもしなかったのは、何も僕たちがはじめてでもなかった。



なら、ロストジェネレーション、失われた世代は、何を失ったのだろうか、と思った。

――何も失っていない。

僕はそう思う。



何も失っていない。

失うためには、その前に得ておかないといけないからだ。

ロストジェネレーションは、何かを失ったわけではないが、何も得てはいない。




冒頭で紹介したWillyさんの記事で、ロストジェネレーションは「僕らはこれまでの世代とはなんか違う」ということに気づいていたと書いていた。

同感だ。

では、具体的に何が違うのか。



既存の価値観や社会観に、僕らはもう乗ることはできないんじゃないか。



それらに乗るには、もう僕らの世代は社会的に少数派になりすぎたような気がするし、そもそもその価値観や社会観そのものが、時代遅れのような気がしてならない。

従順に生きて、臥薪嘗胆40年。

その後で、次の若い世代の成果を、後払いで搾取できるような構造は、僕たちにはもう望めないのではないか。



既存の価値観や社会観といった、レールのような枠組みからはずされた(はずれた)僕たちを、他人の評価、たとえば世間体と呼ばれるようなものが、苦しめていたのかもしれない。



大企業の正社員の総合職でなければ、社会的なステータスとして望ましくないような風潮。

電車の広告をみれば「高年収企業ランキング」、就職サイトを見れば「人気企業ベスト50」。

もううんざりだ。

みんながそう思っているはずだ。

けれど、世間体だけじゃなくて、じっさいに国が用意してきた社会保障や福祉は、大企業総合職正社員を前提にしているように思えた。




本当のことをいえば、企業が上場しているから、とか、ランキング上位の常連だから、とかいう他者評価基準で、自分のありようを決めずに、自分らしく生きることに肯定的になれるかどうかが、大事なんだと思う。

僕をふくめ、多くの人が、最初はそれを失敗する。

ぼくは、失敗したままでは嫌だ。



僕たち若者が何からはじめるべきか、といえば、他者評価のなかにばかり、自己を位置づけるのをやめよう、ってことじゃないかな。



シグナリングとしての大学や企業社会は潰れる。

いや、潰れなければならない。

みんながそう言ってるから、とか、世間がそう思ってるから、という原理原則は、もう次の世代にはいらない。

自分で考えて、やらせてくれる場所が必要だ。



僕らは今までだって、やれることはやってきたはずだ。

少しも気を緩めずに、ロボットのように前進し続ける人なんていないのだ。

たまにだらだらと休憩したって、ちょっと寄り道して遊んだ事だって、あったはずだ。

それらを含めて、僕らは最善を尽くしてきたんだ。

そうした今までの自分を、肯定していいのだと思う。



誰かがそういっているから、とか、世間ではそういうのがいいとされているから、とか、そういうことを評価基準におくのはやめよう。

僕らは、そういうのに、もう十分に振り回されてきたように思う。




価値基準を、外側におかずに、自分の中につくるってことは、並大抵のことではないと思う。

けれど、外側に価値基準がある限り、僕らは不安にさらされたり、不当な評価を下されたりすることで、苦しみ続けなければならないと思う。

ロストジェネレーションと、そうでない世代の差は、価値基準が外側にあることで、厚遇されるのか、冷遇されるのか、その違いにあるではないか。



ロストジェネレーションは、外側の価値基準からの肯定的評価を失った。

けれど、それは、そうした旧来の価値観念と訣別して、自分のことを考えて生きていくことができる時代の訪れともなると思う。



他人の言葉や、他人の評価に耳を貸して、自分のことを否定するのは、もうやめにしよう。


僕らは、僕らが好きなように生きていいはずだ。




 

2011年5月30日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.30 コラーゲン

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みやた です。

今日は食べるコラーゲンとやらをもらいました。

飲み物や料理に入れて摂取するんだそうです。

コレは一回分ですが、ずっと続けた方がいいですよね。
コラーゲンは外側からは入りにくいっていいますし、、こういう内側から摂れるものの方がいいんでしょう。


コラーゲンは髪にもよくて、柔軟性を与えてくれて、広がりパサつきをおさえる効果があるので店でも、その髪に必要な場合は薬剤にまぜて使ってますよ。


2011年5月30日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.29 オトタケからのメッセージ

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チャンピオンズリーグ、バルセロナ優勝。ちょっとバルサ強杉…。岩永です。



乙武洋匡さんのブログ「オトタケからのメッセージ」


「イヤならメディアに出るな」


という声もあるんでしょうが、どんな立場であろうと最低限の思いやりは必要。


それは生きる上でのマナーだ。


「自分がされてイヤなことを人にするな。」

それは、小学生でも分かる、すごく簡単で当たり前のこと。



『2001.05.27 僕は元気です』



父の葬儀から2週間が経ちました。
 
大丈夫。僕は元気です。

何の前触れもなく突然の別れが訪れたなら、言いようのない悲しみや悲しみを通り越した憤りまで感じてしまうんだろうけど、父は7年もの長い間、僕らに覚悟を決める猶予を与えてくれた。

本人にとってはツラい7年だったと思うけど、残される側にとっては父に別れを告げるための貴重な7年だったと思う。

 

悲しい気持ちはあるけれど、悔いはない。

「あれもしてあげれば良かった。これもしてあげれば良かった」

とよく言うけれど、この7年の間に、思いつく限りのことはしてあげられたと思う。

父も最期まで頑張ったし、母もよく頑張った。

海外出張や地方取材で東京を離れることの多い僕も、父の最期に立ち会うことができた。

何も思い残すことはない。

 


僕は、とても元気だった。

多くの友人、そしてみんなからも「気を落とさずに」という励ましのメールや電報をもらったけど、僕はとても元気だった。

こう書くと、とても不謹慎に思われるかもしれないけど、逆にパワーが出てきたんだ。

父の死によって。

 

葬儀の前、棺の中に父の愛用品とかを入れるんだけど、僕は『Number』を1冊入れた。

いちばん上手く書けた、いちばん気に入ってる号を、そのページを開いて、そっと入れた。


「頑張るからな」

 
そう、心で語りかけながら。

急にこみ上げてきた。

父との別れに際して涙は見せまいと思ってたけど、視界が滲んでいくのがわかった。


「もう、恥ずかしい記事は書けないな」

 
心からそう思ったよ。

これからは、父が見てる。

時間もたっぷりあるだろうから、しっかりと熟読されちゃう。

恥ずかしい記事は書けないよ。

しっかりしなきゃ。

 

前々回のメールで、「何だか元気がない」と書いたけど、父の死が、むしろ浮上のきっかけを与えてくれた。

完全復活となるまでは、もう少し時間が掛かりそうだけど、何かいい感じだよ。

文章も、いい感じ。

まだ納得のいくような原稿が書けているわけではないんだけど、久しぶりに「書きたい」という欲求が湧いてきた。
 
もう少し、もう少しだと思う。あとチョット、待っててね。

 

ここで終われたら気持ちがいいんだけど、今日はもう少し書かせてほしい。

相も変わらず、マスコミへの愚痴なんだけどさ。

 

父の葬儀の日、僕は信念を曲げた。

自分自身を裏切った。

自らの哲学に反して、記者会見を開いた。

胸を切り裂かれる思いで。なぜ、そんなことをしたのか。
 
答えは簡単。家族を守るため。

 

どこから嗅ぎ付けたのか、通夜、告別式ともに、多くのカメラが集まった。

敷地内への立ち入りは防いだものの、望遠レンズで遠くから狙い、僕はもちろん、母や、私の妻を撮影すべく躍起になっていた。

 

僕は、いい。

自らの意思でメディアに登場している人間だし、こうなることは予想がついた。

本当ならば許されるべきことではないけれど、まだ我慢ができる。
 
だが、家族は許せない。

特に、最愛の夫を亡くし、悲嘆に暮れる母にレンズを向ける彼らが許せなかった。

人間として、間違っているだろう。

仕事とはいえ。

 

カメラに狙われることのないよう、母にはなるべく屋内にいてもらったのだが、それでも寺への出入りの際や出棺時には表へ出なければならない。

撮ろうと思えば、いくらでも撮れる。僕は、決心した。



「俺が記者会見する代わりに、母や妻の撮影、取材は一切しないという約束をしてもらえるかな」

 

事務所のスタッフに相談した。

後は、彼らがやってくれた。

その際、ひとつ条件を出した。

取材陣はきちんとした喪服を着てくるように、と。

 

葬儀を終え、記者会見へと向かった私は愕然とした。

数十人と集まった取材陣の中で、誰ひとりとして喪服を着てくれた人はいなかった。
 
ワイドショーのリポーターはかろうじてジャケットを羽織っていたが、週刊誌やスポーツ紙の記者は実にラフな格好のままだった。

 

悔しくて仕方がない。

本当に悔しいよ。

愛する父の死をメシのネタにされ、そこに協力させられ、心はズタズタに引き裂かれた。

父を侮辱されたようで許せなかった。
 


この屈辱は、生涯忘れることはない。






2011年5月29日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.28 レッスン日ーー

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みやた です。


今日は週に二回あるレッスンの日でした。

土曜日、、私は、さおりんのブローレッスンの先生をしています。


ブロー大事なんですよ。いい、とされる形を見極める目を養うってことです。

勿論、何回もやって手にも覚えさすんですけどね。


レッスン以外にもさおりんは、営業中の私達の仕上がりをみているわけだ。ココで私がいい形をつくれていないと、さおりんの将来に影響するというわけだ。
もっともっと目を肥えささないとダメ。


責任重大でしょ。


2011年5月28日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.28 原発作業員の胸中

 

悪夢にうなされる我が子をギュッと抱きしめる母ネコの癒し動画。岩永です。

 

 

これが率直な意見なのか。

当事者でない僕には何も言えない。

皆いろいろな思いを抱きながらも、危険な場所で働いている。

ありがとうございます。。




『福島原発 作業員の胸中は... @東京新聞』



福島原発に全国から集められた作業員たちの宿泊場所になっているいわき市湯本温泉のルポです。



ネット上にはアップされていないのですが、作業員の発言だけでもいくつか引用しておきます。

いろいろな読み取りようがあるとは思いますが、これが彼らの率直な思いであることだけは間違いないのですから。


>「テレビで「頑張って」なんて言ってっけど、これ以上、何を頑張れっていうの。できることはやってるって」と腹立たしく感じている。



>「原発反対を言うのは簡単だあ。だけど、福島からの電気は関東に送られていたことを忘れてほしくねえ。それなのに福島県から避難した子どもがいじめられたなんて話を聞くと悔しくてしょうがない」と唇を噛んだ。



浜岡から来た作業員は


>「いくら人手が足りないと言っても、ずぶの素人にはやらせられないだろ」



>「浜岡で働いていた作業員の半数は働き場がなくなるんじゃないか。停止するのは勝手だけど、俺らの生活はどうしてくれるんだ」と語気を強めた。



本職はとび職という男性は


>「俺もなんかやらなきゃって思っていた」という。



>「原発に呼ばれたときは、よし来たと思ったね。金の問題じゃないよ」



自宅が浪江町にある男性は、


>「仕事があるだけ、まだまし」と思っている。ことさら明るく振る舞っているようにも見える。



同じく浪江町から避難してきた青年は、


>「俺はもともと原発には反対だった。恩恵を受けたことはないし。事故が収束したって、一旦汚染された土地になんか誰も住みたくないよ。家は東電に買い上げてもらうしかない」と憤った。



>それを聞いた男性は「気持ちは分かるが、きれいごとだけでは食べていけない。ここらへんで生きていこうと思えば、原発に頼るしかない」と寂しそうに笑った。



2011年5月28日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.28 何の話だ。

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みやた です。

最近、お弁当を家から持っていくようにしてます。

と言ってもかなり気まぐれなのですが、、この気まぐれな感じでいいのが一人暮らしの特権なのです。




あ、そうそうお弁当。


先週はコンビニおにぎりばっかりでしたからね。やっぱり手作りしないとダメですよね。
ということで今週は頑張ってます。


ただし、自分の為だけのものなので、彩りなんてものは一切ございません。ピクニックの約束でもしないかぎり、どうしてもそこは力入れることが出来ません。


いいですよね(^^)


ということで、お弁当写真はピクニックに行くことになった時にアップすることにします。


お楽しみに



2011年5月28日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.27 Can you handle the truth ?

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中庭から見上げたわずかな空間を飛行機が横切る瞬間をとらえた、まさに奇跡の一枚。岩永です。



とても興味深い内容ですが、賛否両論ありそうな記事。。


確かに、情報操作を一様に「悪」だと決めつけるのは、ちょっと違うのかもしれない。


「あなたに真実の重みが扱えるのか?」




『Can you handle the truth「精霊の守り人」と情報公開』




東北震災以降、政府と東電の対応に批判が集中しています。

特に、正確な情報を「全て」迅速に情報公開しなかったことについての批判が目立ちます。



そこで非常に有名なファンタジー「精霊の守り人」を読んで、これまで心に引っかかっていたことが浮かび上がってきた。



このシリーズの大部分を占めているのが政治です。



その国は絶対君主制制で、君主である帝の先祖は、「政(まつりごと)」のために真実を捻じ曲げた神話を作り上げてしまっていた。

その帝には政治的アドバイスをしてくれる、現実とパラレルワールドを読解する力を持つ「星読博士」という家臣がいます。

そして、また異なる読解力を持つ「先住民の呪術師」がいます。

しかし、「星読博士」は、「先住民の呪術師」に学んだ真実を帝に伝えること政治的にタブーとされている。

けれども、大切な人を救うために、二人で力を合わせて謎を解きます。


そこで呪術師は、

「今度こそ真実を隠さないでおくれよ。百年後の者達が、またこんな思いをするんじゃ、たまらないからね。」

とお願いします。

しかし、その後こうも言います。

「先住民の知恵を知るにはわしらを生かしておいてもらわねばならぬ。わしらのために作り話を作っておくれ」と。



気になるのは、こういった二面性です。



「真実」を非常に重んじ、悪人達の「ウソ」を嫌っているのに、善意の登場人物が困難な状況を切り抜けるために「作り話」をすることには私達は寛容です。



それは、「正しいことをする」、「結果として多くの人を救う」ためであれば真実を少々歪めて伝えても許されるべき… そう感じたからではないか?



では、その「正しい行い」という判断は誰がするのか?

マンガや小説であれば、書き手が判断してくれる。

しかし、現実はそんなに簡単ではない。

特に戦争などの多くの命に関わるコトでは、どちらに転んでも人の死が免れないことがあります。



「多数の命を救うために少数の命を犠牲にして良いのか?」

「その場合に、真実全てを国民に知らせたらどうなるのか?」

「知らせるタイミングのせいで、パニックが起こり、多くの犠牲者が出たらどうなるのか?」



優れた善意の政治家であっても、日常的にこういった葛藤を覚えるのではないでしょうか。



たとえ、善意があっても、能力のないトップもいるでしょう。


その場合の「正しいこと」とは何なのでしょうか。



ここで思い出したのが、ジャック・ニコルソンの映画での有名な台詞。

「Can you handle the truth 」
(貴様なんかにこの真実の重みを扱えたりするものか)



善の登場人物たちの「作り話」の是非に問題を覚えず、すんなり受け入れられてしまうのは、

「善意の君主」やヒーローにちゃんと国を治めて頂くのが、日本の文化には「しっくりくる」のではないでしょうか?


「真実の重み」はそういった方たちに任せておくほうが気楽だという気持ちがあるのではないかと。



ここに私達の二面性があります。



ウィキリークスのとき、それを手放しで賞賛している人に対して、こう訪ねてみたくなりました。



「Can you handle the truth ?」
(あなたに真実の重みが扱えるのか?)



受け手に情報を理解して処理できる知識と知恵がない場合、生の情報をそのまま垂れ流しにすることは、公共のためだと思えません。

安全を妨げる可能性もあります。

国家の機密情報を芸能人のゴシップと同等に扱う情報の全てをリークするコトが正義だとは全く思えないのです。



もちろん私は情報公開には賛成です。


しかし、組織の透明性を推し進め、真実を追い求めるため、政府を監視するという意味においても、

私達自信の、情報処理能力を高めなくてはいけない。






2011年5月27日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.26 鬱病の新説

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ハートフルなネコ。岩永です。



鬱的な状態で悩む人は、全人口の役7%にものぼるそうです。


「抑うつ的反芻」は精神医学の世界では、危険な習慣とみなされるそうです。

(抑うつ的反芻 = 同じことをくよくよといつまでも考え続けること。)


この思考プロセスは、心理的に悪影響があり、より落ち込みやすくなるそうです。


このような人は、ストレスを感じると無気力になりやすいと。


しかし、「反芻」は必ずしも悪い習慣ではないのではないか?という説が注目を集めているそうです。


例えば、苦い離婚を経験したあとで、抑うつ的な反芻が起こる。

それは後悔の形をとったり、違う現実を想像したり、将来への不安の形をとったりする。

こうした考えは抑うつを強めてしまうし、だからこそ、セラピストはこうしたサイクルを止めようとするのだが、こうしたプロセスは人々が自らの過ちから学び、今後の生活を準備させることを助ける面があると考えられる。

「抑うつが数ヶ月続くとしても、そのことで、自分の持つ社会的関係をより良く理解することに役立つ可能性もある」と。





健常者と鬱病患者をランダムに選び、コンピュータを使った意思決定タスクを行わせた。


その実験結果は、鬱病の被験者の方が、高かったという。

健康な被験者は十分な数の選択肢を検討しようとしない。

これに対し、鬱病の被験者は、選択肢を検討し続けようとする傾向がはるかに強いんだとか。


憂鬱な気分に陥った被験者のほうが、噂話の正確さを判断したり、過去の出来事を思い出したりする課題の成績が良く、また、知らない人をステレオタイプ的に分類する傾向が大幅に低いそうです。



抑うつとは、自らの問題に精神を強制的に向き合わせるための手段ではないかと。

反芻するのは辛いことだが、同時にそれは、われわれが自分の問題に目を向け続けるうえで役立っているのかもしれない。



という説。




2011年5月26日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.25 また紫外線

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宮田美香 紫外線のことばかりかいてるかもしれない。。
けどちょこっとかいちゃいます。


焼けやすい、焼けにくいってほぼ体質だと思っていたんですが、女性は年齢が高くなるほど焼けやすくなるそうなんです。
色白の方が紫外線に弱い肌というのもありますけどね。


特に40代以降になると、女性ホルモンであるエストロゲンの低下で、抗酸化力が下がるからということもあるそうです。

そして、20代は後半になるにつれ、一回の日焼けで肌が黒くなり、シミができることもあるそうです。


一回の日焼けも侮れないなんて。。

でも海には行きたい。


これは徹底的な日焼け対策と日焼け後のケアが必要になりそうですね(。-_-。)

はい。





2011年5月25日 宮田 | 宮田 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.05.25 おじいちゃんのヒーロー

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一冊80万円の「図書館写真集」だと。岩永です。


以前にも少し触れた60歳以上の高齢者ボランティアの「原発の収束部隊」。

日本の高度成長を支えてきた技術者達が、再び立ち上がろうとしている。

「将来のある若い人が被爆してはいけない。高齢者であれば将来的にガンの発生率が上がっても影響は少ない」

WEB上での呼びかけに賛同した志願者は現在161名。

皆が何がしかのスペシャリストなんだとか。

「我々は反原発でも、原発推進でもない。

負の遺産を残してはいけない。

ただ原発の収束のために集まった」


何かを主張するわけではない、危険を省みず、ただ行動するという正義の味方。




『「負の遺産は残さない」原発暴発阻止に立ち上がった60歳以上の元技術者達』



ビルトインされた冷却装置を直そうというのは、作った者の発想。

上手く行かないだろうと判断した。

外付けの冷却装置を至急設計して設置する体制を作らねばと。



塩谷:決して、「決死隊」でも「特攻隊」でもない。

純粋に利害を離れて、この事故を収集させるために集まった集団である。


いろいろな技能を持った人が集まった。

皆何か、特殊な技能を持っている。

重機のスペシャリストや建築のプロ、壁の色や状態で危険度を判断できる人材。

机の上で育ってきた人とは、違う力を持っている。


私自身が思っているのは、(今回の原発事故は)技術が生んだ事故。

神様が与えたわけじゃない。天罰でもない。

技術が生んだのだから、技術が直せ。それが、研究者の責任だと思う。

原子力の先生方が「我々の判断が甘かった」と認めるのは偉いことだが、それより現場で一緒に行動しましょう。

その後もいろんな先生がいろんなコメントを出しているが、実際に現場で作業するわけではない。

そこが我々とは違うのかなと。

技術で作った物は技術で押さえるという原点に立ち戻る。



組織に属していれば行動規範がある。

身軽に動けない。

働き盛りの40代や50代は(プロジェクトに参加することは)まず不可能。

原子力学会にもシニア会員は沢山いる。

もう少しアクティブに参加するべきだと思う。

(学会の人は)今まで、原発推進で旗を振ってきた方が大部分。

いまさら、自分達の失敗の火消しをやるという発想は厳しいのかなとも。



:政府・東電の対応で、問題だったと思う点、不安に思っている点は?



塩谷:東電も東芝も、多分、事故後の状態ではベストは尽くしているんだと思う。

津波対策をしていなかったことは別として。

被害のデータは取れなかったのかもしれない。

でも米軍は無人偵察機でしっかりデータを取り、対策を始めた。官邸にも(放射能漏れの)データは来たはず。

しかし、どこがどう汚染されたのか、公表しなかった。

それが分かれば自主的に避難もできた。


原発というのは、国家機密、企業機密の塊。

政府にしろ東電・東芝にしろ、できるだけ、データは出したくない。

安全保障の問題がある。

原発はテロの標的になる可能性がある。

原発自体は多少のミサイルには耐える。

しかし、使用済み核燃料プールが無防備であることが分かった。

あそこは弱い。これはとんでもない情報が出たことになる。

それ以上に、沢山の人が原発に行き、作業をするという事は、被害状況が分かる。

どこを狙えばいいのか分かってしまう。

現に、非常電源がどこに配置されたかは報道されない。

一台はダミーで見せるが、電源車の配置場所も秘密。

それだけ気を使いながら現場は仕事をしている。

それは承知しているが、冷温停止に向けての情報・工程は具体的に出して行かないと、不安に思うのではないか。



佐々木:日本は原爆被爆国から原発加害国になりつつある。

私たちと同じ思いを、今の人たちにさせたくない。

原発に賛成だったわけじゃないけど、その恩恵にあずかってきた。

その責任がある。負の遺産を残してはいけない。




取材後、「私達は、反原発でも、原発推進でもない。とにかく、事故を収拾するために集まったのだ。」

と言っていた。

確かに、エネルギー政策の議論をする前に、原発を止めなければ話にならない。





2011年5月25日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.25 理解不能の他者

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今日発売の、甘くないコーラを目指して作ったという「ペプシドライ」

不味くはない、でも、美味からず。岩永です。



真っ向から意見が対立した時、

相手を「理解不能の他者」と位置付けるコトの不毛さ。


全てを否定しているのか、やり方がおかしいと言ってるのか、譲歩し合える部分もあるかもしれないし。


相手を変えるんじゃなくて、違いをそのままに共有点を見つける作業は大変だが重要だと。


一方的な正義の味方では、結局守るべき対象を守れないということか。


「話すだけ無駄」ではないと。


まず相手の言い分を聞こうというのは、今更言うまでもない、当たり前のことなのに…


それは口で言うほど簡単ではないというコト。


自分も気を付けよう。。




『クジラとカメラ』



NHK「クジラと生きる」をみた。



イルカ漁を告発的に描いた映画「ザ・コーヴ」に対抗する意図があったのか、太地町のクジラ漁師たちに寄り添うつくりだった。

当然、反捕鯨団体の行状は、そちら側から映しだされる。



団体のひとびとが太地町に常駐している。

多くは白人で、英語しか話そうとしない。

手にビデオカメラを持ち、漁師たちには理解できない英語で侮蔑の言葉を投げつける。

10万円やるからクジラを逃がせと(英語で)漁師に迫ったりする。隠し撮りもする。



ようするに、クジラ漁の「非人間性」を世界に告発するという目的のためならば、挑発や犯罪に近い行為であれ、なんでもする。

それが正当化されるのは、じぶんたちが「正義」に従っていることを信じて疑っていないからだ。



かれら(太地町にいる反捕鯨団体の白人たち)がずるいのは、一方で「正義」を掲げながら、その実、じぶんたちはつねに安全地帯に身を置いているからだ。

太地町で何がおきようと、かれらには何も失うものがない。

かれらはただ「正義」にもとづき「告発」する。

じぶんのことを「正義」だと信じる者ほどたちの悪い人間はいない。



こういう問題は、大きく二つの方向で考えることができる。

ひとつは、個別具体的に、捕鯨にかかわる問題として、とくに太地町でおきている衝突をどう考えるかという方向である。

もう一つは自分達な理解できないものに出会った時にどうするか、という問いに変換して考えようというモノだ。



番組に映しだされる反捕鯨団体のひとびとのふるまい方は、きわめて暴力的だった。

異文化に相対するにあたり、じぶんたちの側の態度や考えを変更する用意をまったく持ちあわせていないからである。

ある意味では、それは西欧近代を貫く姿勢でもあると(やや皮肉を込めて)いうこともできるが、現実問題として、かれらがそのような姿勢でいる以上、直接的な対話可能性は絶望的に小さいとしか言いようがないだろう。



反捕鯨団体のひとびとが、カメラをとおして熱心に捉えようとしているのは、「理解不能な他者」としての「クジラ漁」や「漁師たち」である。

一方NHKのカメラは、クジラ漁を否定する「他者」という外部からの視線に「仲間」が苦悶するようすであった。

NHK的なカメラの視線は、そのネガとして、漁師に苦悶を強いる反捕鯨団体のひとびとを「理解不能な他者」として描くことになる。

いずれも、相手側を「理解不能な他者」と描く点に変わりはない。



だからどちらもダメなのだ、というようなことが言いたいのではない。

じぶんに理解できないものに出会ったときに、相手を「理解不能な他者」として表象するのは、誰もが圧倒的に選びがちな道筋である。

それによって自己を変更しなければならないような事態が避けられる。

自己を変更することほど、しんどい作業もないのだから。



そうであったとしても、理解できないものに出会ったときにどうするかを考えることは重要である。

それは、太地町のこの事例にかぎらず、ほかならぬぼくたち自身が、さまざまなレベルでしばしば直面する課題でもある。





 

2011年5月25日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.24 newフジエダ

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宮田美香 昨日、、AIDAに行ったあと、グルグルとまわり用事をすませ、実は フジエダ でおやつしました。


ドリームランドの近くにも出来ていたのでそこへ行ってきましたよ。
豆乳ラテとミルクレープにしたら、こんなかわいい クマ をかいてくれました(^^)

そして帰り際にみつけたトトロのパンが何とも言えなくて写真だけ撮らせてもらいました。


そこのあなた、、この二枚で正直胸キュンしたでしょ(o^^o)


2011年5月24日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.23 奈良カフェ

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宮田美香 凄い雨でしたね。雨で冷えた奈良でした。皆さん大丈夫でしたか( ? _ ? )カゼひきませんよーに。


雨で暗かったけど、前から行ってみたかった所へ行ってきました。

アンセムのギリギリご近所さん、カフェのAIDAです。
お客様にも何回かすすめられていてずっと気になってたんですよ。


ならやま大通り沿いの、いえ、家具、ごはんってかいてあるとこです(^^)


駐車して、隣のトトロに出てくるみたいなとこを通って先にお店があります。ココがもう楽しい。

入口には、かわいいステキなイスや棚が並んでました。

テーブルや器もステキ。


日替り定食はメンチカツと野菜のミックスフライ。他にも野菜が多く使われていて嬉しかったです。優しくて美味しい。


http://aidatsusin.exblog.jp/


また晴れた日にもいきたいな(^^)


2011年5月23日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.23 それぞれの事情

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『落ち込むとブルーになるけど、青は「進め」の色だよ』破壊力ある言葉。岩永です。



知的障害者の妹、60代の両親と暮らす20代女性のブログ。


不快に思われる方もいらっしゃるとは思いますが、

不安を抱えているのは被災者だけではないという当たり前のコトを再確認。


絶対的な公平は在り得ない中で、それでもみんな頑張ってるのか。

人にはそれぞれ事情があり、どんな事情も当事者にしか理解は無理なんだなと。

家族に迷惑をかける人と、家族に迷惑をかけられる人か…

自己中心的だと自覚しながらも、逃げ出したいと。


コレはちょっとズシリとくるな。。


でも、青は「進め」なんだよ。



『どう考えてもこの先、素敵な未来なんかない』



妹が知的障害者。

たしか障害者手帳は一級だった。

両親は六十代前半、私は二十代前半。妹は3つ下だ。 
  


朝、母の怒鳴り声がうるさい。
妹が着替えないからだ。

服を手にしてから1時間はかかる。

「迎えの人来ちゃうから、早く着替えなさい!」

「◯◯、はやく!」

「着替えなさいって、何度言ってるの!」

「何でまたトイレに行くの。さっきも行ったでしょ!」

妹は全裸に近い状態のまま、持った服をパンパンと叩いたり、唾をつけたりする。

ぶよぶよと太った身体が醜くて、汚らしくてうんざりする。
 



トイレに行くと、やたらとトイレットペーパーを使う。

ひどいときは1ロールなくなる。

「かみ、かみ」

と妹が呼ぶと母が新しいロールをセットしにいく。

「そんなに拭かんでいい!」

「どうせおしっこもちょっとしか出んだろ!」

また母がわあわあと怒り出す。
毎回、妹はトイレの電気を消しているんだけど、何故か実家ではトイレの電気を消さないルールになっているので、

「なんでいちいち電気を消すの!消すなって言ってわからんか!」

と、また怒鳴る。  
 


作業所から迎えの人が来る。

まだ着替え終わっていないので、母が毎度、

「まだ着替え終わってないんよ。今日も1時間かかった」

などと話をする。

だいたい毎日同じことを話している。

男の人の職員のときもある。

何となくそれをストレスに感じる。

私の部屋は玄関のすぐ横だし、築三十年以上経っている実家は壁が薄い。

毎朝とてもうるさい。
 


母は高血圧で薬を貰っている。

頼むから怒ったり興奮しないで
くれと私が何度言ってもダメ。

思うに、母も軽度だが障害があるのではないか。

吃音はともかく、話した内容を汲みとってもらえない、デリカシーがない、テーブルの上に空き缶があったり、剥がした湿布があったり、洗濯物は畳めず積み重ねてあるなど。
 


父は昭和の頑固で偏屈な父親と言う感じで、機嫌が悪いと物凄く態度に出る。

テレビを引っくり返されたり、携帯を真っ二つに折られたこともあった。

妹を可愛がったこと記憶が私の中に全く無い。

「俺の前でメシを食うな」

と今でも妹だけ別。

一時期は妹が何かする度怒鳴ったり殴っていた。
 


そんな家族との生活にすごくすごく疲れてしまった。

18才から21才まで、私は他県で自立していたのだが、仕事の都合で実家へ戻ってきて、数年。

こんなにも私の家族は変だったのだと、やっと気がついた。

せめて出ていければいいが、現在経済的に厳しく、一人暮らしは当分出来ない。

もし出て行ったとして、家族であることは変わらない。
 


私は、両親の介護が怖い。
 
晩婚で、私は父が40才のときの子どもだ。

周りの同級生たちの両親よりも老けている。
 
介護しなければいけなくなる頃、私はまだ若いだろう。

結婚を考えるとき、それが足枷になるかもしれない。
 


私は、妹の世話が怖い。
 
両親はきっと、妹を遺して死んでしまう。

妹は偏食だけれど今のところ健康で、そして私よりも年下だ。
 
私は、妹を引き取らなければいけないのだろうか?

姉には保護責任があるのだろうか?
 


怖い。怖い怖い怖い。

自分の将来だってまだ何の足場も出来ていない、そしてまだ楽しみたい。楽をしたい。

今から貯蓄を少しずつするにしても、何故私が今そのために我慢しなければいけないのか?

周りの子たちは「若い」と言われる間、人生を楽しむだろう。

自分のためにお金を使うだろう。

何故、高齢の両親の元に生まれ、障害者の妹がいるという不運のために、私がそれをしてはいけないのか。
 


しょうがない。分かっている。

いや、分かりたくない。

我儘で自己中心的だということは分かっている。
 


でも、私は逃げ出したい。
 




2011年5月23日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.22 洞察力の磨き方

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アンコール遺跡にあるタ・プローム寺院を飲み込むように侵食していったガジュマルの木。岩永です。



答えは人に教えてもらうものではなく、自分の頭で考え、自分で検証し、勇気を持って実行するコト。

その気になれば、誰でも身に付くものなのか。

洞察力欲しい。。



[大前賢一の著書に学ぶ「洞察力の磨き方」]



『何が正しいのか分からないという状態に平然と耐え、チャレンジした先にこそ答えがある。

自分だけではなく、誰も答えが分からない物事に対して、自分で仮説を立てて立証していく「勇気」と「しつこさ」を持つ…。

これが21世紀を勝ち残るうえで、個人にも集団にも最も必要な能力だ。』



『教えてもらう「答え」は、実に狭い範囲の答えであることが多い。

鍵と錠前のような関係で、異分野への適応が難しい。

だから「答えを見つける」能力ではなく「答えを考える能力」を磨く必要がある。

そうすれば、どこから何の問題を与えられても、じっくり取り組めばいずれ答えに辿り着くことができる。』



『なまじ知っていることが書いてあると、それを確認しただけで頭の動きは止まってしまう。

じつは「理解した」と思うことが、人間にとってはもっとも危険な状態なのである。』



『複雑にからまりあった出来事にどう対処するかという時、質問することによって初めて、そこに横たわる根本的な問題が明らかになります。

そのうえで進むべき方向がわかります。

「これって、どういうことなの?」という質問から、全てが始まります。』



『途中で間違いに気づいたならば、すべてを白紙の状態にして、違う仮説に立ってゼロから考え直さなければなりません。

ところが、「知的に怠惰」な人間は、このオールクリアができません。

失敗を恐れるから、自分の間違いを認めようとしないのです。

素直に自分の間違いを認めることが、「知的に怠惰でない」ということなのです。』



『自分の足で歩き回る時に最も重要なのは、自分はこういう視点で見てこよう、というスタンスを決めたうえで、先入観を払ふっしょく拭してニュートラルな気持ちで行くことだ。

松下幸之助さんがいうところの「とらわれない素直な心」が、真実を知る何よりも大切な心構えなのである。』




2011年5月22日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.21 紫外線恐るべし

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宮田美香 肌に様々な悪影響を及ぼす紫外線。しかも今はその量が大きく増加していてこれからピークを迎えます。


肌のダメージを考えたら紫外線は浴びないのが一番。でも普通に生活していたらそれは無理なので、紫外線防止効果のある日焼どめを使った方がいいですね。

使用の際の目安になるのがSPF、PAといった数値ですね。SPFは紫外線B波を、PAはA波の防止効果を示します。


日常的に使うならSPFは20程度、PAはプラスが2つあるものがいいみたいです。

日焼どめを使う際、特に守るべきは量だそうです。量を守らないと防御効果はきちんと得られない と。

また、吸収剤タイプは数時間で効果が減弱するみたいなので、塗り直しすることを忘れないようにしないといけません。


どうせ日焼どめ塗るのなら場面に合わせてキッチリしてこーって感じですね(^^)




2011年5月21日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.21 田原総一朗

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「愚痴嫌う人って結構多いけど、愚痴も問題認識の発露と考えればそこまで悪いもんじゃないと思うんだよね。

ポイントは愚痴を単なる愚痴として終わらせないで、現実にそれを解決していくモチベーションに転換できるかどうかで。

愚痴言ったときに、それを自分で解決する気があるかどうかを意識するといいと思う。」(津田氏)同意。岩永です。



田原総一朗さんがベトナムで感じた、日本人としての「驚き」と「恥ずかしさ」を書かれた記事。


人には長所と短所があるのだから、

長所を伸ばし、短所を少しづつ改善していけばイイと。

国という単位であれ、それは変わらないのではないかと。。




ベトナムは今経済発展をとげていて、経済成長率は6.78%。

人口の半分こが30歳以下という、若くて活気あふれる新興国だそうです。


そして、男性も女性もほぼ例がいなく夜間の大学に通っている非常に勤勉で前向きな国民性なんだと。


そのベトナムで、日本企業30数社の支社長にさまざまな話を聞き、驚き、そして恥ずかしい思いもしたと。


東日本大震災の話になった時、田原さんは「日本政府な東電の対応の甘さや遅さが目立つ」と述べたそうです。



しかし、彼らの話す内容はまったく違っていたそうです。


ベトナムを拠点に、シンガポール、タイなど周辺諸国を仕事で訪れる彼らが聞くのは、各国が日本を見直し、賞賛する声だそうです。


これ程の災害を被っても、落ち着いて行動し、自ら秩序をつくる日本は、

「今後、必ず成長するに違いない」

と言われているそうです。



こういう話を聞かされ、日本政府や東電の批判ばかりしている自分を非常に恥ずかしく思ったと。


多くの日本人は自分の国をけなしたり、過小評価や批判を繰り返したりしている。


批判する方が良心的であり、知的レベルが高いと私たちは誤解しているのではないかと。



もう少し素直に、日本人であることに誇りを持ち、自信を持つべきではないか。


日本人は世界に対して「日本はだめな国です」と卑下する傾向にある。


それは少し過剰なのではないかと。


そう感じたのは、ベトナムの人たちの強い向上心やまっすぐに前進する気持ち、すなわち日本人が失いつつあるものに触れたためかもしれないと。




2011年5月21日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.20 an・an

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宮田美香 何気に、内容をチラ見してアンアンを買ったりします。


今回はメイクのこと、頭皮ケアのことが載っていたので購入しました。


やっぱり思っている以上に店でのヘッドスパ、自宅での頭皮ケアに興味がある片が多いんだなと再確認。


自宅ヘッドスパや、これからは頭皮の日焼けに気をつけたいところですね。





詳細はのちほど(^^)


2011年5月20日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.20 それが礼儀やん

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ボランティアの方が、個人宅で神棚を片付ける時に、現地の方に、

「神棚どこにしまいますか?」と聞くと、

「神様はいないから捨てていいよ。」

と言われ、返す言葉がなかったと。

岩永です。



ちょっと良いニュース。

いつか台湾へ行きたいと思った。

台湾が好きになった。



3日付の台湾紙「自由時報」と「聯合報」に、東日本大震災への支援に対する日本の感謝広告が載ったという記事。



「ありがとう、台湾」という日本語と、「愛情に感謝します。永遠に忘れません」という中国語のメッセージ。

広告主は日本政府ではない。

川崎市のフリーデザイナーらネットユーザー約6千人だったそう。



支援してくれた国・地域は134カ国・地域もあったにもかかわらず、日本政府は国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンと米英仏中韓露の1紙ずつの計7紙にしか支援感謝の広告を掲載しなかった。



日本政府の感謝の対象にならなかった台湾は大震災直後、早々と救援隊28人を送ってくれた。

約160億円もの義援金も集めてくれた。

「台湾にもお礼したい」

フリーデザイナーがその思いをツイッターでつぶやいたところ、賛同者が集まり、感謝広告を出すためのお金が約1930万円も集まった。

その額は台湾2紙への広告費240万円を軽く上回った。

余ったお金は日本赤十字社に寄付された。



240万円という金額は、人口、物価レベルを考えると、世界標準レベルだそうで、

そうであれば、134カ国・地域すべてに感謝広告を出しても、予算は3億円前後にしかならない。

(さすがにまずいと思ったか、外務省はその後、感謝広告を他の国々でも順次出しているそうではあるが。)



広告を見た台湾行政院(内閣)の楊永明・新聞局長はこうコメントしている。

 「お礼を期待していたわけではないが、みんな感激している」


それが人情というもんだろうと。





2011年5月20日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.05.19 ヘアアレンジ

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宮田美香 今日は久しぶりのヘアアレンジブログにします。


後ろからみて、上の方は普通の編み込みで下の方は片編みをしてます。

それぞれ右下に向かって編んでいって、編み込みが終わったら毛先はフィッシュボーンにしてます。



髪が長くなってきていろいろ出来て嬉しいな。


皆さんお家でするってなると、、特に私のように髪が硬毛で多くて太かったりするとなかなか雑誌に載っているようなフワフワっとした感じを出すのが難しいかもしれないけど、編み込みや三つ編みだと割と髪を柔らかくみせやすいですよ。

どうしてもわからなかったら、、電話して下さい。それか、フラッとお立ち寄り下さいね(^^)


2011年5月19日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.19 自力復興

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ある人が、ほとんどの本は(思想は)、自己中心的だ、と言った。

「ものを見る時、どうしても人間は自分から見る。だけど、見えないものがどこにあるかは、気配で感じることができる。その気配がわからない人は、ものを考えることがほんとうにはできない人なのだ」と。

なんか深い言葉。岩永です。



アフガニスタン、シエラレオネ、東ティモールで0からの国作りに携わってきた伊勢崎賢治さんへのインタビュー記事。



基本的に、義捐金というのは小規模な災害の際に、その機能をより発揮するする仕組みだと。



しかし、今回の被害はあまりにも甚大であったため、義捐金の即効性がまずここで失われた。



「復興」とは、簡単に言うと、被災者、そしてそれを取り巻く共同体をいかに早く経済活動に巻き込んでいくか、これに尽きると。



避難所で被災者が炊き出しの列に並び続けるより、キャッシュを保持して、ちょっと足を伸ばして被災を免れたコンビニに買い行ける状況(もちろん、それが物理的にできない地域はありますが)をいかにつくるかだと。


義捐金はこういったニーズに見事に対応できなかったと。



復興とは経済復興であり、持続的発展は住民自身が担わなくてはならない。



それには全ての労働機会を住民に思い切って丸投げし、どんな復興事業でも住民が自力で立ち上がる機会づくりという観点から見なければならないという。



「被災した可哀想な人たちを働かせるなんて」

という同情はやむを得ないことではあるが、被災者社会の自立的な復興を冷静な目で見るという視点も大切だと。



国際協力の世界では、容易に比較したら不謹慎だけど、もっと悲惨な状況があるんだと。



2004年のスマトラ沖巨大地震によるインドネシア、アチェの津波災害の犠牲者は20万人。

2010年のハイチ地震では31万人。

東日本大災害と桁が一つ違うのだと。



そんな過酷な状況のよれよれの人たちにでも、国際社会は「自分の足で立て」と、復興に「住民参加」を迫るのだと。



国際社会では、住民の就労機会を損なわないために、ボランティアの派遣も、本当に緊急で現地に存在しない専門性以外は、自粛するそうです。



キツイ言い方をすると、いまだにボランティアだ、ボランティアだと言っているのはどうだろうかと。



そろそろ被災者自身の間からもそういう声が上がってくるだろうと。



すでに被災者でありながら立ち上がって進もうとされている方も多くいらっしゃいますし、

仕組みさえ作ってくれれば、後は自分達でやるからってコトか。


それが一番良いと。


被災者でもない自分は、どうだろう。


こんなコトじゃダメだなーと、、マジ気合い入れ直してこー!




2011年5月19日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.19 薬箱

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宮田美香 この間リンゴ酢を購入したところ、富士薬品の薬箱をウチにも置くことにしました。実は、アンセムの薬箱もコレです。

全部はいってるから安心です。


独り暮らしの方おすすめですよ。


二ヶ月に一回の点検なので、その時に減った薬を調べてもらって使ったやつのお金を払うだけ。


頭痛がよくおこるタイプなのでいいかな。
便利だ。


2011年5月19日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.18 5歳児を逮捕するアメリカ

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商いは飽きない。岩永です。



アメリカではここ最近、子供の逮捕が増えているそうです。


アメリカの考える「正義」や「秩序」はどこへ向かおうとしてるのか。



今年の3月、カリフォルニア州に住む11歳の少年が逮捕された。

ブレントン君は、学校でひどいイジメを受けていた。

ブレントン君と彼の両親は、それまでいじめについて何度も学校に相談に行っていた。

しかし、学校側はそれに対して何もしなかった。

このままではダメだと思ったブレントン君は、勇気を振り絞ってこう言い返した、

「お前たちを撃ち殺してやる」

ブレントン君は『恐喝罪』の罪で逮捕された。

学校側の言い分は、銃を使った犯罪の示唆は重く受け止めねばならないというものだったと。



それまで学校で問題を起こしたことはなかったという、ニューヨークシティーの高校に通う15歳の少年は、

科学の授業中につまらなくて机に黒い油性のペンで落書きした。

学校は警察に連絡し、彼は「公共物破損」の罪で逮捕され、校内で手錠をかけられた。



フロリダ州に住む8歳の小学生男児は、3カ月で5回逮捕された。

先生を殴り、蹴り、噛み、物を投げつけ、さらに窓を割ったという。

この少年は、明らかに問題を抱えており、警察よりはカウンセリングを必要とされると思われる。



事件そのものは6年前でやや古いが、状況は同じだ。

かんしゃくを起こし、先生や物に当たり散らす5歳の女の子に手を焼いた先生が警察に連絡し、警官が幼稚園にやってきて園児に手錠をかけて逮捕する。

そこには、子供への愛情も、教育とは何かという問いかけも存在しないと。



背景には、1990年代から米国の学校が取り入れ始めた「ゼロトレランス方式」が暴走したことにあるのだと。

「ゼロトレランス方式」とは、元々は学校への武器やドラッグの持ち込みを食い止めるために導入された厳しいルールで、意図的でも意図的でなくても、間違いでも、無知が原因でも、いかなる状況でも学校が禁じた物を校内に持ち込んではならず、規則に違反した者は厳しく処罰される、というもの。


この「厳しく罰せられる」がエスカレートして、ここ数年「警察に連絡して逮捕してもらう」になってしまっているのだと。


やっぱりアメリカは進むべき道を誤っているように思える。


同様に「正義」や「秩序」の欠落が原因と思われる、アメリカの行き過ぎた訴訟問題がありますね。


キャスリーン・ロバートソンさんに8万ドルの慰謝料を支払う判決が下されました。

家具店で走り回る幼児につまづいて転び足首を骨折しまったというのが、彼女に支払う慰謝料の理由ですが、家具店のオーナーがこの判決に驚いたのは、この走り回っていた幼児は彼女の息子だったからです。



あり得へんな、、って思いますよね。


日本にも「モンスターペアレンツ」なる存在があり、教育現場に相当な歪みが出てきてしまってるのは、

やっぱり「自己中心的」な考えにある様に思うわけで、システムや決まり事ではどうにもならない様な気が、、しますよねぇ。。





2011年5月18日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.17 へぇー

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「人様に迷惑をかけるなという言葉があるけど、人に迷惑をかけない方法は人と関わらない以外にない。

人と関わらなければ迷惑をかけない方法すら学べない。

それより、迷惑をかけたときに、相手の心理的負担を軽くして迷惑に感じさせないことや、迷惑をかけられたときに寛容になることの方が大事だと思う。」なるへそー、岩永です。



今までにも沢山の問題があったのか。

知らなかっただけなんだ。

多分、ほとんどの人が知らない事実。

しかし、隠されてきたワケでも無い事実。


問題は「誰かどう管理してきたのか」という事と、


私たちが「見ようとしなかった」という事か。


これからは気を付けよう。


もっと知ろう。うん、、



(詳細はURLから元記事へお願いします。)



『東京電力福島第一原発の何が問題だったのか 検証その2』

 

[福島第一原発の過去の問題点のまとめ。]


(1) 1978年に臨界事故を起こしていた。


(2) 大丈夫とされた震度4にも耐えられなかった。


(3) 別の地震では、使用済み核燃料プールの水が漏れた。


(4) コストを気にして、多くの損傷を隠してきた。


(5) 国も偽装に関与していた。


(6) 下請け業者に偽装工作させていた。


(7) チェック機能が長期にわたってマヒしていた。


(8) 内部告発によってはじめて、放射性物質漏れが発覚した。


(9) コンクリートの強度は弱められていた疑いがある。


(10) データの改ざんは、2002年以降も繰り返され、企業風土の問題となっていた。また保安院は、


(11) 行政不服審査に対して十分な対応をせず、


(12) 40年をこえる原子炉の稼動を認めていた。




 

2011年5月17日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.17 セミナー

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宮田美香 DADA CuBiCの植村さんのセミナーへ行ってきました。

瞬間性、再現性、持続性がどれほど大事かということ。

私たちも、普段のサロンワークで、やはりココは大事に思っています。


セミナーで感じたことが、私世代やその後輩世代になると比較的カットや他の技術も近道して学びやすい環境にあったんだなということ。

勿論、はじめに先輩に習い、自分でも練習して、いろんな人のセミナーへ行ったり、本でみたりやるべき事は沢山。そこで考えながらするというのは絶対大事だとおもいますが。いいセミナー、いい本が沢山ある。

しかし、植村さんは今の確立されたところまでくるのにかなり遠回りされたそうです。仕事をやっていくうえでの方向性もそうですし、カットのことにしても。

こんなに確立された理論でわかりやすくセミナーをされていることの裏で、ココまで考えてされてきたところに尊敬します。

私は普段、考えてはいるが、その考えがあまいことが悪いところ。それを改めて思い知りました。
考えて考えて確立したことは、理論的になって教えやすいし、聞く側もわかりやすいとおもいます。

もっと考えなければ。


とりあえず、植村さんの本買おーー(*^^*)


勉強になり楽しいセミナーでした。


2011年5月17日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.16 ブレることの無い「夢の王国」

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『傷つきやすいだけの人なんていない。

傷つきやすい人に内在するトゲは、必ず摩擦を起こして他人を傷つけている。

「人に迷惑をかけない限り繊細でいいじゃないですか」っていうけど、自分に対して許せないことを他人に心から許せるわけがないのです。

だからまず、自分をゆるすことから始めないといけない。』いい言葉。岩永です。



やっぱりすごいなディズニーランド。


全スタッフが、それぞれに自分で考え、判断し、実践する。


それぞれがバラバラな自由ではなく、「夢の王国」が持つ意思に向かう自由。


向かうべき道のある制限された自由。


アンセムのテーマにも「自分で考え、判断する」というものがあります。


「やっぱりディズニーランドはすごいなぁ」では終われない。


本気で追いかけようとしないとダメなんだなと。


そして、どんな状況になっても決してブレることの無い「夢の王国」


ブレない事はシンドい事、ブレることはたやすい事。


ブレない人は頑固な人。


「ブレない」コトは、あらゆるリスクの中でも、どんな反対の中でも、大切なものを頑固に貫くコト。


楽な方へと流されないコト、自分のルールを守るコト。



半分ほどに省略していますが、長いです。


仕事を持つ人にはオススメの良記事。




『3.11もブレなかった東京ディズニーランドの優先順位

(そしてユッケ事故を起こした焼き肉チェーンが忘れていたこと)』



TDRの社長以下スタッフ、そして現場のキャストたちが、地震発生直後から翌朝までにどのように行動したかを、5月8日(日)放送のフジテレビ系列『Mr.サンデー』が取り上げていた。



その場にいたゲストたちのビデオカメラやデジカメによる実写も交え、当日の様子がリアルに伝わってくる。

その中で10代から20代を中心としたアルバイトスタッフたちが、7倍もの人数のお客様に対処し、落ち着いて対応している姿に、私は改めてTDRという組織のすごさを思い知らされた。



SCSE(エス・シー・エス・イー)と呼ばれる。

「Safety(安全)」「Courtesy(礼儀正しさ)」「Show(ショー)」「Efficiency(効率)」



ディズニーランドといえば、一般的にはショーのイメージが強いだろうが、彼らが最も大切にしていることはゲストの安全だ。



アルバイト歴5年のキャストHさんは、当日のことを思い出す。

「(店舗で販売用に置いていたぬいぐるみの)ダッフィーを持ち出して、お客様に“これで頭を守ってください”と言ってお渡ししました」

彼女は会社から、お客様の安全確保のためには、園内の使えるものは何でも使ってよいと聞いていた。

そこで、ぬいぐるみを防災ずきん代わりにしようと考えたという。



同じくキャストのIさんは、店舗で販売していたクッキーやチョコレートを無料で配り始めた。

「必ずみなさんにお配りしますから、その場でお立ちにならないでお待ちください」

と声を掛けながら。

「お客様から配ってくださいと言われたわけではなくて、時間もたって私もお腹が減ってきていたし、ゲストのみなさんはもっとお腹が減っているだろうと思ったので」



TDRにもマニュアルはあるが、現場の状況もゲストのニーズも刻々と変化する。

ましてや事は震災だ。

マニュアルですべてをカバーすることなど不可能だし、マニュアルから似たケースをチョイスしてもそれが適切とは限らない。

だからこそ行動規準が必要なのだ。

 

今となれば、場面場面では、もっとより良い判断や行動があったのかもしれない。

けれどもTDRでは、「会社として大切にするべきことと優先順位」にさえ沿っていれば、現場の一人ひとりに判断を任せている。

 

読者のみなさんの中には、「お客様の安全にかかわるような重要な判断をアルバイトにさせるなんて、恐ろしくてできない」という人もいらっしゃるだろう。

アルバイトか正社員かはさておき、現場には入社したての新人だっている。それはTDRも同じだ。怖いに決まっている。

 

ではどうするのか。

判断させず、いちいち上からの指示を待てと命令するのか。

 

TDRはアルバイトだけでなく、自社の従業員ではない派遣社員にさえも十分な研修を受けさせ、OJTでの訓練も欠かさない。

現場で判断できるに十分な準備や、万が一にも対応できるチーム体制を用意したうえで、判断させる。

 

現場はチームで動いているので、もしも個人の判断が明らかに間違っていれば、隣にいる仲間や先輩が修正してくれる。

判断が不安なら、その時は、先輩や上司に相談すればいい。

彼らは「もっとこうした方が良くなるんじゃないか」といったアドバイスをくれる。

 

そしてもう一つ大切なことがある。

行動規準に沿った判断、行動である限り、上からしかられることはない。

むしろゲストのためになることであれば褒めてもらえる。

だからこそ、新人であっても積極的に自分で考えることができるのだ。

 

逆に、普段から「勝手に判断するな、上司の承認を取れ」と言われていたり、「この程度の発想か、もっと頭を使え」としかられていたらどうだろう。

あるいは頑張っても褒めてももらえなかったらどうだろう。

しかられると思えば萎縮してしまうだろうし、褒められるとうれしくなって頑張ってしまう。

何も特別な話ではない、人間誰しも働くうえではそういうものではないだろうか。


 
夜の帳(とばり)が下りてきた。

スタッフたちは、ゲストが家にたどり着けるよう、一部動き始めた電車の運行最新状況を張り出し続けた。

それでも自宅に帰れない“帰宅難民者”約2万人が園内に残っていた。冷え込みは厳しくなるばかりだ。

 

建物の安全確認が先に終わったのはディズニーシーの方だった。

ディズニーランドにいるゲストたちを一刻も早く建物の中に入れてあげたい。

しかしシーに移動するための一般通路は大きく回り込んでいる。

しかも通りでは液状化現象が進んでおり、暗闇の中を移動するには危険がある。



そこでTDRの幹部は開園以来28年間守ってきた「禁」を破る決断をした。

バックヤードという従業員だけが利用する通路にゲストを通して、より短距離で安全にシーに誘導することにしたのだ。

『夢の王国』のイメージを壊してしまうことになるかもしれない。それでもゲストの安全確保のために、彼らは決断したのだ。

 統括本部で指揮を執っていた同社の阪本さんは、「これまでは決してしなかったことですね。『夢の王国』のバックが見えてしまいますので」と説明した。

 

多くのゲストのためにバックヤードを開くという決断はこの時が初めてだったのだろう。

しかしTDRは個別にはこのルールを破ることがあると聞く。それはけが人が出た時だ。

園内には応急処置ができる施設があるが、すぐに病院で診てもらった方がいいと判断した際は、バックヤードに待たせたクルマで素早くゲストを病院に案内する。

 

家族が転んでけがをしたあるゲストは、案内されて病院に行ったところ既にTDRから正確な連絡が入っていることに驚いたという。

けがは大したことがなかったので園内に戻ろうと再入場ゲートに戻ってきたところ、ゲートにいたキャストから「おけがは大丈夫でしたか」と声を掛けられ、またまたびっくりしたそうだ。



先日来、焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」勘坂康弘社長は次のように訴えた。


「法律で生食用というか、普通の精肉をユッケとして出しているのをすべて禁止すればいい、すべきだと思います。禁止していただきたいと思います」


 
同社のホームページ(HP)は、現在(5月15日現在)トップページ以外見られないが、最近まで新卒求人サイトに次のような3つのビジョンを掲げていた。

1 店長の年収日本一 現在は550万円以上 近い将来は1000万円を目指す。

2  接客サービスで日本一 愛と感動のある「えびすストーリー」を実現。

3  商品力で日本一 超お値打ち価格の実現 市場価格の2分の1を目指す。



ある老舗飲食店の経営者が、自社を訪れた学生に、社名を隠して上の企業理念をどう思うか聞いてみたそうだ。

共感する学生もいるだろうと想像していたが、彼らから返ってきた答えは、「給料で釣っているみたいで、どうも好きになれない」というものばかりだった。



同社は、恐らく低価格で伸びてきた成功体験から、優先順位を間違ってしまったのだろう。

従業員の給与を優先し、低価格路線でありながら利益も出そうとすれば、おのずと何かが犠牲になってしまう。

事故は偶然ではなく、起こるべくして起こったのだと思う。被害者の方には、心からお見舞いを申し上げる。


 
家族3人で来園していたゲストは、「考えてみれば、キャストも我々も同じ被災者なんですよね。

それなのにキャストのみなさんは全然嫌な顔をするどころか、ずっと笑顔だったんですよ」と話した。

家族4人で一夜を明かした別のゲストは、「(キャストのみなさんが)すごく頑張っていたから、何だかとても信頼できました。ありがとうって伝えたかった」と声をうるませた。

 

私もキャストたちのプロ意識に感動した。

彼らは誇りを持って働いている。

アルバイトか正社員かどうかは、プロ意識においては関係ない。

本人次第であり、その意識は会社が彼らに寄せる期待と信頼によっても生まれている。

 

TDRはキャストに対して一方的に期待と信頼を寄せているわけではない。

彼らが自ら判断し、行動できる前提を用意している。

「会社として大切にするべきことと優先順位」=行動規準を明確に示し、十分な研修を実施して、一人ひとりが判断し行動することを推進している。

 

そして行動規準に沿った判断、行動であればしからないどころか、ゲストのためになるなら積極的に褒める。だからこそ、現場は行動規準を信じて判断、行動することができる。

 

震災に遭っても会社の掲げる「安全第一」を全員で実現しようとした東京ディズニーリゾート、片や安全を後回しにしてしまった焼肉酒家えびす。

TDRが実践したことは、決して魔法ではないし、従業員が特別だったからでもない。

 

企業はトップと会社の姿勢によって、顧客から尊敬され「また行きたくなる」場所になることもあれば、悲劇とともに「二度と行きたくない」場所になることもある。

私たちはそれを忘れてはならない。





2011年5月16日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.05.15 結婚式 アップ

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宮田美香 今日はさおりんのお友達の結婚式だそうで、、さおりんの頭をしました。

ヘアアレンジブログの中からコレにしてほしいというのがあったみたいなので、こう言う感じでいきました。


きっちりアップというより、ヘアアレンジです。
編込みが模様のようになって、華やかさが出るので 飾りはなしです。



色んな編込みを組み合わせて、毛先を散らさないようにまとまった感じにしてます。

2011年5月15日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.14 よく考えるコト

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上の写真は北米プレートとユーラシアプレートの境目を水中写真家が撮影したもの。岩永です。



また原発のことですが。。


コレは、本当にそうだなと思う。共感できる記事。


仕事にも通ずるコトだし、全てにおいてそうだなと。


物事の一面だけ見てはいけない。


表面に見えている問題の核心は何処にあるのか、本質を見ようとしなければいけないんだと。


原発に関しては、そこまで熟慮した上で出した答えすら、絶対の正解とは言えないんだと。


「原発自体」が怖いのか、「だれが、どう管理してきたのか」が怖いのか、

全ての影響を考えた上で、現実的可能性はどうなのか?


「考えてるつもり」ではダメだよってコトか。。




『「脱原発」と叫ぶ前に、よく考えよ!』



左翼的なジャーナリストや評論家が「脱原発」と叫ぶのはまだ良しとする。


しかし、それが社会的に影響力のある起業家や府知事、さらには国会議員である場合はどうだろうかと。


在日米軍の普天間代替基地の問題での、「最低でも県外」と発言した結果どうなったか?


社会的影響力のある人、もしくはリーダーは、

代替え案のない方向に人を導いてはいけないのだと。


リーダーが、方向性を示し、多くの人々に影響力を行使すること自体は良いことである。


導くからには、適正な代替案が無ければならないのだと。



国民に、原発の危険性を喧伝し、原発に対する嫌悪感を抱かせ「すぐにでも原発を無くすのだ、その意志が大事だ」と伝え、人々を新たなビジョン「自然エネルギー」等へと導く。


この行為自体は、立派なリーダーシップだ。



しかし、「代替案があるのだろうか」、だ。


「脱原発」を喧伝するリーダーの方々は、口ぐちに代替案は「自然エネルギー」だと煽る。


「自然エネルギー」とは、具体的には、「再生可能エネルギー」の風力や太陽光などを指すようである。


だが、それらの光や太陽光などの代替可能エネルギーが10年以内に、原子力に代わるベースロードとして20%から30%の電力を安定的に供給できる可能性は、ほぼゼロに近いという。



「短期的には無くても、長期的にあるからいいではないか。その意志が大事だ」と反論される。


だが、その長期的にも実現できるかどうかもわからないのだと。


先行してその「ビジョン」を10年近く前に提示したドイツですら、未だに30%程の電力を原発に頼っているのが実情らしいですから。



「脱原発」という言葉には、時間軸が無い。


「脱原発を」と、発信する側は、「長期的な方向性である」と思っていたとしても、受け止める側は、短期的方向性として受け止め、「今すぐにでもその作業を開始する必要があるのだ」、と認識する。


だからこそ、影響力があるリーダーが語る言葉は、誤解を招かない言葉を選ぶ必要があるのだと。


「電力安定供給が重要だ。長期的には再生可能エネルギーを増やそう」なら分かると。


正しいリーダーシップとは、代替案を見極め、長所と短所を分析し、期間(短期か長期か)を認識し、実現可能性かどうかを十分に吟味したうえで、初めて適切なタイミングで、方向性を口に出すものなのだ。



結局、「脱原発」の叫びも、「最低でも県外」の叫びも最終的には、また元の鞘に戻ってくる可能性が高い。


そうならば、最初から、もっと熟慮すべきではないだろうかと。






 

2011年5月14日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.05.13 食事会

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宮田美香 昨日は、前に言ってたお約束の日でした。

そうそう。ビーハイブスのお二人とアンセム三人での食事会。


西大寺にある居酒屋さんへ行ってきましたよ。

今回はお酒が入ったのもあり、変な空気は多分流れてませんでした。


でも営業後で腹ペコだったのでいっぱい食べちゃいました。

またレッグマジックと富士薬品のリンゴ酢で頑張らないと(^^)

そうだ、、有酸素運動する前にコーヒー飲むと、脂肪が燃焼しはじめるのが早くて効果的だそうですよ。


 

2011年5月13日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.13 人の役に立つ仕事

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昔、自殺率が高かったオーストリアは、自殺報道の自粛など、官とメディアが協調して指針作って報道やめるなどしたことが功を奏して自殺率を大幅に下げた。

そのことはすでに前から各所で報告されており効果が証明されている。岩永です。



人のためは自分のため。

自分のための頑張るパワーなどたかが知れていると。

自己中心的な考えや、行動は結局遠回りになる。

自分のために人に優しく。

それが一番大変だけど、やるしかないんだと。



『「高まる「社会貢献」熱につきまとう危うさ』


昨年くらいから若い世代の社会貢献熱は高まっていると多くのメディアで伝えられていますが、震災以降一段と強くなっているそうです。


ただ、「誰かのため」に働くというコトは、当然それ程簡単なコトでは無いんだと。


最近では、せっかく厳しい就職戦線を勝ち抜いてきたにもかかわらず、辞めていく若手社員が少なくないそうです。


そしてその多くの理由が「やりがいのある仕事をさせてもらえなかった」、「人のためになりたいのに、それが出来ない」ということらしい。


しかし、「誰かのために」という優しい気持ちは、思い通りの反応が得られない瞬間、怒りに変わってしまう事もある。


人のためは自分のため。

「誰かのため」とか「人の役に立ちたい」と働くことは、結局は自分のため。

それを忘れてしまうと、それが分かっていないと、本当に人の役に立つことなど出来ないのではないかと。


なぜ、人の役に立ちたい、と思うのか。


それは誰かの役に立ったと知った時、自分の存在意義を確かめるコトができるからなんだと。


自分のした事で誰かが笑顔になれば、自分が満足感が得られるからだと。


「誰かに役立つ」とか、「誰かが喜ぶ」ためには、やりたくないような地味で面倒臭いことを、コツコツやらなきゃならないことの方が多い。

日の当たらない仕事は山ほどあるし、乗り越えていかなきゃいけないことは沢山ある。


それをやり遂げて初めて「人の役に立つ仕事」ができるのだと。


だいたい「人のために頑張った仕事」が、全てのひとの役に立つというワケでも無い。


人が何を求めるのかは十人十色。


それでも必死に「こうすれば役に立つのでないか?喜んで貰えるのではないか?」と想像するコトしか無いのだと。


それくらい「人の役に立つ」とか、「誰かのために仕事をする」ということは難しい。



「人の役に立ちたいけど、自分を犠牲にしてまでやる気はない」でも、「もっとやりがいのある仕事をしたかった」なんてのは、都合の良すぎる話だと。



そういう全ての努力があるからこそ、「誰かのために」頑張る人は強いのだと。


自分のためにには踏ん張れなくても、「誰かのために」は踏ん張れてしまうんだと。



本当に人の役に立つ人になるには、自分も強くならなきゃダメだと。

悲しむ人がいる時、一緒に泣くのではなく、その人が安心して号泣できるくらい太い人間になること。

涙に胸を貸すことができる度量を備えること。



人に優しくなるには、自分が強くならなきゃいけない。


人のために仕事をするには、その人を支えられる強さを持たないといけない。





2011年5月13日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.12 小沢一郎とは?

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カイロに書いてある「低温やけど注意!」というのは、関西弁ではない。

「低温だけど注意!」という意味では無い。

気を付けよう。岩永です。



個人的に興味を引いた現代ビジネスの記事。


あの「政治とカネ」とは一体なんだったのか?

バイアスのかかった見方なのかもしれませんが、面白い考察だなと。

ホリエモン騒動と似た構造と言えそう。


(詳細はチョット省略して、読みやすく編集してます。)



『「陸山会公判」で追撃される小沢一郎民主党元代表の本当の敵。

細川政権、民主党政権を作った立役者がいま「実力」を発揮できないのはなぜか 』



小沢一郎という人の政治資金を不動産に換えるあざとい錬金術や、政治家としての良し悪しは別として、

政治家としての実績と実力がグンを抜くことを認めない人はいないのではないか。



この20年、「小沢抜き」に日本の政治は語れなかった。

「親小沢」か「反小沢」かで、政界地図は色分けされた。


そして、民主党の政権交代が実現した。


小沢氏を襲った司法のメスは、「小沢一郎という政治家の手法、存在を許してはならない」

とする「霞が関」の総意によってなされた。



「政治主導」を「法務・検察」にまで持ち込んだコトで、検察の怒りが根底にはあるが、検察だけでどうにかできるものでもないと。


むしろ「政治主導」をいいつのる民主党への不安と不満が「霞が関」の官僚機構にあり、リーダーの小沢氏に矛先が向けられたとみるべきだ。

そこにマスコミが連帯した。



09年3月の大久保逮捕でいったんは下火になった小沢捜査が、同年8月の総選挙後に再燃、同じ罪で同じ政治家を狙うという前代未聞は、マスコミとの連帯のうえで実現した。



そもそも、「水谷建設からの裏ガネ1億円」は、裁かれている政治資金規正法違反事件とは何の関わりもない。

単に悪質性を知らしめようとする検察の戦略でしかない。



小沢氏は、政治改革を成し遂げるうえにおいて、官僚機構の弱体化を本気で考えた。

それは、戦後の権力の所在が、官僚機構及びそれと記者クラブ制度を通じて一体化したマスコミにあることを知っていたからだ。



すでに、小沢氏を軸とした「政治主導」は、財務省に取り込まれることによって有名無実化、

事務次官会議の廃止も、天下り規制も、郵政民営化も、政府系金融機関の統廃合も官僚によって押し戻された。



なにも官僚個々を敵視したわけではないが、官僚の権益を弱め、規制緩和で活力を呼び戻し、個人に自己責任原則を徹底、足りない部分を政治が補う、というのが自民党を離れた頃の小沢氏のそもそもの発想だった。



日本の資本主義は、国際競争力を奪う電力料金の値上げで賠償費用を賄おうとする東電処理が象徴するように、競争力を失い緩慢なる死を迎えることになりそうだと。





 

2011年5月12日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.11 アレンジ中

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宮田美香 さおりんのヘアアレンジのレッスン風景です。

凄い真剣(^^)職人の顔になってる。

編込みしたり、三つ編みしたり、ねじったりして、可愛い飾りがあればそれも使って、
どうやって組み合わせるかという感じ、、

あとは、バランス。それはさおりんが今やっているブローのレッスンと同じで、ココはふくらませた方がいいとか、あまり出さないほうがいいとか、、そんな感じです。


お客様にも早くアドバイスとか提案も出来るようになったらいいなぁ。

喜んでもらえるし。楽しいし。


2011年5月11日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.11 おばあちゃんの希望の言葉

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4号機の爆発は水素が原因では無く、原因は謎のままで、いつ壊れたのかさえ解っていないらしい。岩永です。



昨日の日経ビジネスの記事。


日本には日本の道があり、他国と比べる必要など無いんだと。

日本特有の「優しさ」に誇りを持ち、堂々と胸を張ろうぞ。

「優しさ」とは本当の強さであり、希望なんだと。




『優しいニッポン明日につながるおばあちゃんの言葉』



「原発、東京に持って返ってくれよ」
 
「どうしてくれるんだよ」
 
「子供の人生を返してくれ」



ある日のニュースでした。

福島の避難所を訪れ、謝罪する東京電力社長に怒声が飛び交う中、1人のおばあちゃんが社長にかけた優しさに満ちあふれる言葉が頭から離れません。


「からだに気をつけて。お互い様だから」


私はこの言葉の中に日本の将来を見た気がしました。

 

最も「核」に敏感でなければいけなかったこの国が、そして我々一人ひとりが、なぜこれまで原子力発電所に対してもっと真剣に考えることができなったのでしょうか。

責任はどこにあるのか。



一般に、海外から見た日本人のこれまでのイメージといえば、発言・挙動は極めて曖昧であり、YesなのかNoなのかもハッキリ言わない、どういう人間なのかがよくわからない、といったものでした。

今回の震災報道は日本人のイメージを少なからず変えることになったのではないかと思われるのです。



「日本は優しい」



決して見た目に強く、たくましいわけでもなく、むしろ弱々しい印象を与える日本人の中に見えた冷静さ、芯の強さ。

自分のこと以上に相手のことを考え、優しく接しようとする姿勢。

とりわけ個人主義の強い欧米諸国の人々にとっては、自分よりも相手のことを考えることはある種タブーであり、身を削るという発想はありませんから、非常時にそれを実行したことは、彼らにとっては驚き以外のなにものでもなかったことでしょう。



日本のサービスは海外のそれとは全く質の異なるもので、それはサービスというよりも相手に対するこころ遣い、ホスピタリティなのではないかと思われます。



日本ならではの未来をつくろう。



相手を打ち負かすのではなく思いやる、この「情」や「情緒」を大切にかたち創っていくことが未来につながると思うのです。

日本に必要とされる文化の創出です。


「からだに気をつけて。お互い様だから」

 

おばあちゃんの言葉が、優しいニッポンの明日を示してくれたのではないかと思います。

優しさは強さになるはずです。

しなやかなものは簡単には折れない。

私たちには、「情」という世界に誇れる素晴らしいDNAが宿っているという自信をもち、未来を一つひとつ謙虚にかたちづくっていきたいと考えています。




2011年5月11日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.10 まるで天使

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宮田美香 今月も女性誌、インレッドの表紙をされている 永作博美さん 。

大好きです。

こんなにも可愛いキレイな人がいるだろうか。はにかんだ笑顔がとても素敵です。

最近、髪をショートにされたみたいで、どこまでも魅力的な女性だなと。。見惚れてしまいます。

こんな風になっていきたい。

今月もインレッドの永作博美ページをガンみしておりました。

何事もすべて 気 次第で、神経を張り詰めなければいけない時に、気合のスイッチを入れる。

その場の雰囲気や人との距離感など、いろんなことを感じられなくなって柔軟性がなくならないように、、集中する時とゆるむ時のメリハリが必要。

気合 の源は、シンプルに 食べること、寝ること だそう。

本能に忠実に、原始的な感覚に近づくことが体にも精神にも大事なこと だそう。


ステキです。


映画も観にいかなければなりません。
ヘヴィな感じかな(*^^*)


2011年5月10日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.10 もう一つの原発論

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岡崎ドイツでの初ゴールおめ!岩永です。



今の日本の原発論争には大事な論点が、一つ抜け落ちているそうです。


現在原発を所有している国は、


アメリカ、フランス、日本、ロシア、韓国、ドイツ、カナダ、ウクライナ、チェコ、スロバキア、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、リトアニア、スロベニア、アルメニア、中国、台湾、インド、ブラジル、南アフリカ、メキシコ、アルゼンチン、パキスタン、スウェーデン、スペイン、イギリス、ベルギー、スイス、フィンランド、オランダ。


コレを見ると、原発は先進国の持ち物というわけでも無いらしい。


原発の保有国は先進国だけではなく、その国の科学技術値からや経済力だけでは決められないそうです。


原発を所有する理由を明確に知ることは難しいが、こうして原発を所有する国を列記すると、その理由がおぼろげながら見えてくると。


原発は国家の安全保障に関係しているんだと。



原発での発電の際に生じるプルトニウムは原爆の原料になる。

また、原発を作りそれを維持する技術は、原爆を作る技術につながる。

原発を持っている国は、短時間で原爆を作るコトが出来るそうです。



原爆を持つということは、外交上で有利に働く。


「今現在、原爆は持ってないけど、作ろうと思えば作れるんですよ。」ということらしい。


原発をこのような外交の一助として位置付けるという考え方は、多くの国で、国民にそれなりの理解を得ているそうです。


しかし日本の場合、

第二次世界大戦の敗戦国なワケであり、多くの国民は力による外交を毛嫌いしている。


そのために、原発の所持を安全保障の観点から国民に説明する事が難しいのだと。


今の日本の原発論争にはそういう視点が抜け落ちているのだと。


しかし、原発の経済性と安全性の議論だけでは、なぜ、原発を持たなければならないのかを十分に議論することは出来ないんだと。





今後のエネルギー政策を考える際には、そういったタブーを取り除いて議論するべし。



知らないコトは沢山あるし、もっともっと知りたいと思いましたよっと。











2011年5月10日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.10 名取市閖上(ゆりあげ)復興支援のブログ

 
岩永です。
 
 
少し長いので、リンクを貼っておきます。
 
 
時間がある時に是非読んでみてください。
 
 
 
 
 
同級生の日記を今日から3回連続で。その日は幼稚園の卒園式だった。/名取市閖上(ゆりあげ)復興支援のブログ : 地元の友達、達也君の日記。その?
 
 
 
 
津波から逃れた達也君、子供と再会。しかし・・。/名取市閖上(ゆりあげ)復興支援のブログ : 地元の友達、達也君の日記。その?
 
 
 
 
涙なくして読めない・・。/名取市閖上(ゆりあげ)復興支援のブログ : 地元の友達、達也君の日記。その?
 
 
 

2011年5月10日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.09 妹と

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宮田美香 今日は休みだったので、妹と合流して一日遅れの母の日の何かをみに行きました。


2人で迷ったあげく、結局ロクシタンのいい香りグッズにしました。


自然にいい香りが漂ってくるハハでいてもらうために。

いいやつチョイスできましたよ。


先にブログ読まれてたらバレちゃうけどねー。でもまぁ、そんなコトでいいお買い物DAYでした。


2011年5月 9日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.09 民主主義とは

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爺さんは芝刈りに、婆さんは女らしく、それでいて大胆にいきました 。岩永です。



民主党の本質、そして自民党との違いを書いた、非常に興味深い記事を読んで、

その内容を私見を交えながら。



民主党は、目的が民意に沿うと決断したした場合には、民主的プロセスの中で法解釈を変え、あるいは情報を隠すコトにもためらいは無い。


そういう政党だと。


「民意に沿う」ことを、全力で、手段を問わずやる政党。

それが民主党なんだと。



そして、自民党は、民主に先立って自由を重んじる政党なんだと。


自民党は個々人の自由に介入する権力の行使にはためらいがある。


しかし、その自由こそが民主なんだと。


自民党は、権力を振りかざして何かをすることは稀です。


むしろ、飴と鞭なら、飴を多用して「本人の自発的意思」を導き出してから何かをやるというスタイルでやってきたと。


そして、自民党が鞭を振るう時、その相手は多くの場合、「自由」そのものを抑制された場合なんだと。



このように書くと、自民党は自由を尊重していて、民主党は独裁的でけしからんように見えますが、

実は、一般的な企業経営では当たり前の話。


いちいち全員のコンセンサス(意見の一致。合意。)をとっていたら、抜本的な改革は出来ないし、全員で同じ目的に進むことは出来ない。

時には、独善的と思われるほどの意思決定をし、無理矢理にでも全員の目を同じ方向へ向けさせるコトも必要なんだと。

民主的というのは、最終目的は社員の幸せであるのだから、

経営者がコレが正しいと思う決断をやり抜くことは、決して悪いコトではないんだと。


そうやって社員や株主を幸せにしてきたんだと。


だからこそ、あらゆるところでコンセンサスを取りにいく自民党の方法が限界にぶち当たり、

皆が自由、ワガママ放題を許したが故に、

皆の幸せを見失い、実現出来なくなり、民主党が政権についたのだとも言えるんだと。



まとめると、


両者の違いはあくまで手段であり、目的は国民の希望に沿うこと、そこに違いは無いと思われます。


そして、やはり企業経営と国家経済は違うと。


企業経営ならば、目的に合っていれば、違法で無い限りあらゆる手段が許される。(リストラや無駄なCO2を垂れ流すことなど。)

しかし、国家経営では、発生した弊害を外部に押し付けることは不可能です。

国民の首を切るわけにはいきません。

全部引き受けなければなりません。

そういうときに、合目的的であれば全てが免罪されるという企業経営との比較で全てを語ることには大きな問題があるんだと。


結局は、誰が、どの様な意思決定をするのかが重要なのであって、

その人の品格、正義感、倫理観、あらゆる人格が問われた上での揺るぎない意思決定が必要。ってコトか。


人の上に立つというのはそういうことなのかなと。


エエ、そりゃもちろん努力はしますけど、ねぇ。。





2011年5月 9日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.08 はっぴば

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左目の下まぶたのピクピクがとまらなくて5日目の 宮田 です。


今日はなんと店長の誕生日でした。
置いておいても腐らないようにアイスのケーキを用意して、、私たちからはドーナツ型低反発クッションをプレゼントしました。
これでお尻痛くなんないですよ。


店長、、この世に生まれて、

アンセムをつくって、

私を雇ってくれて、お給料をくれて、

カットを教えてくれて、、
まだまだいっぱいある。。


ありがとう。

35歳おめでとうございます。

2011年5月 8日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.07 浜岡原発のコト

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ブタ草花粉の影響で、鼻水ズルズルの、ガリガリ岩永です。


浜岡原発の停止を要請したとの記者会見のこと。


東海地震の震源の真上にあり、「30年以内にマグニチュード8程度の地震が起こる可能性は87%」だからだと。



当然意見は真っ二つに割れているようです。


原発は止めれば安全というものでもないという意見。

(福島第一の場合、臨界停止後に事故が起こった。)


そして、

福島第一の場合、被害を受けたのは古い炉で、新しいものは無事であった。そして、浜岡原発は新しいと言う事。

そして、被害を受けたのは地震によってではなく、津波による被害であった、

しかし、浜岡には12mの砂丘があり、予備電源と給水ポンプを二階屋上に移設する工事がすでに行われているので津波による被害は考えにくい。

よって停止要請は非科学的だと。


そして、電力不足による経済への懸念。

電力の安定供給は復興への最重要課題だと、

浜岡原発が全面停止ということになれば、中部電力だけでも相当な圧迫がかかる。

原発一基分を火力発電で代替すると、コストは1日少なくとも2億円は上昇する。

原発の稼働率が1%下がるごとに、営業利益は年26億円押し下げられる計算になると。

また、地元の雇用の心配もあります。


そして、 総理大臣が、

「ただちに原発を止めねばならないほど東海地震が切迫している」

という受け止め方もできると、

全世界に向けてそういう発信をしたことは、日本から一層ヒト・モノ・カネ・産業が逃げ出すことにもつながりかねないとも。


また、中部電力の原発依存度は1割強しかない。

浜岡を止めなければ、ではなく、「止めるなら浜岡」「止めやすいから浜岡」になってしまってるんじゃないか。

結局はパフォーマンスのための停止だと言われてもしょうがないよという意見。



そして、菅首相は正しい選択をしたという意見。


浜岡原発が事故を起こして東名高速と東海道新幹線が使えなくなるだけで、日本が深刻なダメージを受けるコトは明白。

静岡はもちろんのこと、隣接する愛知や神奈川にも日本を代表する工場施設が林立している。

あんな場所に原発がある事自体が間違いだと。




全てを追う事はできませんでしたが、かなり多くの意見がありました。


非常にデリケートな問題で、 どちらにもメリット、デメリットがありますね。


個人的には、原発を徐々に廃止していくのには賛成、そして可能だろうとも思っています。

(経産省が従来の原発重視を堅持する方針打ち出したらしいですから、このコトからも脱原発に動いたというコトでは無いようですが)


だからこそ舵を切った以上は、パフォーマンスに終わる事なく、

それが正しかったと誰もが分かる形でやり遂げて欲しいと。


具体的な指示を出した以上、それに付随する対策にも、具体的な指示を出してもらいたいと。


「国民の工夫」を呼びかけるだけでなく、もっと具体的に。


なんにせよ、本物の覚悟を持って望み、良い結果にして頂きたいと、思いましたよと。



2011年5月 7日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.06 おもてなし

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宮田美香 日本人っていいな。


日本では時代を問わずサービス精神や相手を思いやる心が大切にされてきた。宿泊客への接遇の素晴らしいホテルや旅館が評判になったり、友人、家族をもてなす料理が雑誌などに取り上げられたり。
古くから伝わる おもてなし は、私たち現代日本人にとっても、身に付けるマナーの1ジャンルとして確立されているかもしれない。


おもてなしの語源は、 表裏なし。 表も裏もないまっさらな気持ちでお客様をおむかえすること、だそうです。そんな おもてなし の源流は、茶道にあるみたいです。


花や掛け軸などで趣向をこらした部屋に集い、茶をたしなむ茶道。亭主は、招く客に思いを馳せながら茶碗や掛け軸を選び、心地よい空間を作り上げる。そして客は、お茶をいただきながら、亭主の心遣いに感謝を。茶道では、お茶を通してお互いに気を配り合う おもてなし の心を
交わすそうです。

茶道の世界には、このおもてなしの精神をよく表している言葉がある。二度と巡ってこない時間を大事にして、一緒に過ごす人にできる限りの心遣いをしようという意味が込められた 一期一会。
私も大好きな言葉です。

相手をおもいやることの尊さを訴える、簡潔で力強い言葉。


みんなそれぞれ色んなことがあるけど、、他の人に対する思いやりや心遣いを大切に、、相手の心を汲み取るだけで、人間関係にゆとりが生まれたり、内面がキレイになって、心の芯までうるおうのではないでしょうか。


っていう記事。ちょっと私の言葉と思いが入ってますが。

まさに、毎日、一期一会という言葉を大切にしないと。お客様にはもちろん(^^)スタッフ間もね(^^)


 

2011年5月 6日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.06 ユッケのコト

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『さまざまな分野における日本の問題点が、悪意や怠慢ではなく能力不足に起因するのだと認識すること。

他人を揶揄したり批判していてばかりでは仕方がない。

批判された人たちだって、「できない」のだから。

一人ひとり、時代の課題に適応した能力を上げていくしか、道はない。』


って茂木さんが言ってた。岩永です。




ユッケ事件について少し。


基本的に、あらゆる生食にはリスクがあります。


これは肉に限らず、魚でもそうです。


生食は食材に手を加えないため、菌などが付着していた場合にもそれを取り除く機会がないために症状が出やすいと。


誤ってはいけないのは、コレは生食の「リスク」であって、肉や魚の話ではないってこと。


時には卵や野菜にもリスクがあるってこと。


だから野菜の場合、レストランでは殺菌処理するのが普通。


それが出来ない場合には、抗菌効果のある薬味が登場する。(ワサビ、しょうが、ニンニクなど)


しかし当然のごとく、リスクはゼロにはならない。


ゼロに近付けるための工夫がユッケという料理になったんだけども、やはりリスクはゼロではない。


これは、お寿司だってサラダだってなんでもそう。


ユッケだから、肉だから、こういう痛ましい事故が起こったのではなく、生食にはこういうリスクがある。

外食だからという話でもない。



安易に規制強化をしてどうこうといった話はあまりにアレな気が、、


そう、あの滑稽なこんにゃくゼリー騒動とよく似ている。


結局、最終的に提供する飲食店がしっかりしていなければ結果はあまり変わらないだろうと。


そして、消費者がそのリスクをどう捉えるかといったことであって、

両者がそのリスクを再認識したならば、要は市場に任せておけば自浄作用が働き自然といい方向に動くということなんだと。


安易な規制は、全ての生食に規制強化をかけようというコトになってしまう恐れもあり、

そうなると全ての生食が高級料理になってしまうという可能性も。。


それと、鮮度が良ければ安心安全ということではないようです。


鮮度が良い方が危険な場合もあるらしいです。




そういうコト考えると、どんな
仕事も同じようにリスクだらけなんだなと。


チョット話が違ってしまいますが、

私たちの仕事も「お客様の気に入らないこと」つまりリスクをいかに最小限にし、満足していただくかというコトでもあるんだなと。


リスクをゼロに近付けるために、あらゆる職種の人が努力しているんだなと。



しかし、どれだけ努力してもゼロリスクはあり得ないんだと。





2011年5月 6日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.05 ワックスかけた

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宮田美香 今日は営業後にフロアのワックスがけをしました。

ツルツル ピカピカ。

コンクリートにワックスかけれるっていうのはアンセムで働くようになってから知りましたからね。皆さんオススメです。

って、、知ってるしって感じですよね。


私がワックスするって思ったんですけど、店長にヘタやからあかんと言われ、私はワックスを床に垂らす係でした。


けど一生懸命やりましたし。

2011年5月 5日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.05 アンパンマン

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「半ライスの大盛り二つ下さい。」岩永です。



「パンを差し出すことが正義。相手を倒すことじゃない。」


正義とは、誰かのために何をするか。そして、自分自身の痛みを伴うコト。


それは、当たり前の様に皆が教えられるコト。


しかし、なかなかできないコト。


やっぱり「当たり前のコトを当たり前に。」なんだ。


アンパンマンは、ずっとそれを伝え続けてきたんだ。


絶対的な正義とは?




『自ら作詞を手がけた「アンパンマン」作者で今年92歳、漫画界の大御所やなせたかし氏に、ノンフィクション・ライターの神田憲行氏が聞いた。



やなせ:「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。

正義とは実は簡単なことなのです。

困っている人を助けること。

ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。

なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。

アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。

アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。

つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。

でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。

絶対的な正義なのです。



やなせ氏は第二次世界大戦では砲兵として中国に駐留していた。

大東亜共栄圏の美名のもと「正義の闘い」だと信じていたものが、戦後、侵略戦争だと知った。

「天皇陛下万歳」と叫んでいた者たちが「民主主義」に走り去っていく姿も見た。

全ての正義が相対化されていくなかで、絶対的な正義とは何か考えていって、突き当たったのが飢えに苦しんだ兵隊時代の記憶だった。

そこから「自分を食べさせて人を救う」ヒーローが生まれた。



やなせ:うん。だから正義って相手を倒すことじゃないんですよ。

アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ。

だってバイキンマンにはバイキンマンなりの正義を持っているかも知れないから。

それに正義って、普通の人が行うものなんです。

政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。

普通の人が目の前で溺れる子どもを見て思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。

ただし普通の人なので、助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。

それでも助けざるを得ない。



つまり、正義を行う人は自分が傷つくことも覚悟しなくてはいけない。

今で喩えると、原発事故に防護服を着て立ち向かっている人々がいます。

自分たちが被爆する恐れがあるのに、事故をなんとかしなくてはという想いで放射能が満ちた施設に向かっていく。あれをもって、「正義」というのです。

怪獣を倒すスーパーヒーローではなく、怪獣との闘いで壊された街を復元しようと立ちあがる普通の人々がヒーローであり、正義なのです。



:「未曾有の国難といわれています。日本は復興できるのでしょうか?



やなせ:(笑みを浮かべて)出来るのに決まってるじゃないか!

あの戦争だって日本は焼け野原になって、原爆をニ個も落とされて人が何十年も住めないと言われたんだよ。

それがあそこまで復興できたんだから。

日本人は粘り強く、正しく立派に生きている人たちです。間違いなく復興できますよ!



やなせ氏は震災直後に1000万円を寄付し、さらにグッズの売り上げを寄付にする活動を継続中である。



「被災地の子どもたちがアンパンマンが助けに来てくれると思ってるらしいんだ。だからこうして活動していると知ると、喜んでくれるんじゃないかと思うんだ」



取材後、私(神田)が仙台で被災した従兄弟に小さな子どもが2人いることを話の流れで言うと、やなせ氏は目を見開いて「この事務所にあるオモチャどれでもいいから持って行きなさい。送って励ましてあげなさい」と言ってくださった。

秘書の方が丁寧に選んで手渡してくれた二つのオモチャを持つだけで、帰り道の私の気持ちは温かくなった。』





2011年5月 5日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.05 映画祭

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宮田美香 予告通り、、今日は前にもアンセムブログにご登場頂いた、ビーハイブスの山本さんと北畑さんに映画祭にお招きして頂いたので行ってまいりました。


店内はイスがセッティングされており、お菓子とジュースも用意して頂いてて、本物のシアターになってました。

お客様も数名来られて、楽しい空間になっていましたねー


映画は、山本さんチョイスの

素晴らしき哉、人生 という1946年のアメリカの映画でしたよ(^^)
こんなに古い作品をご存知な山本さん、流石つうですね。


ビーハイブスさんはこんな感じでお客様とも交流されてるんだな、、とまた違う一面が見られました。勉強になります。



2011年5月 5日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.04 もう一つのフィギュア

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出世払いは「これ以上出世の見込みが無ければ、その時点で全額返済の義務が生じる」(大審院大正4年3月24日判決)を見て、法律学のシビアな現実主義にはっとした法学部生はきっと多いと思う。岩永です。


感動的に終わったフィギュアスケート。

しかし、残念なことに裏に隠されてしまったもう一つの感動物語があった。

私達は知らされなかった。何も知らないままに通り過ぎるとこだった。

こういうことがあるから「テレビ報道の終焉」とか言われる。

日本人として非常に申し訳ないし、残念に思う。

心が痛まないのかと、、


長いですが、是非知っておいて欲しい。



『フィギュアスケート世界選手を放送したフジテレビの酷さ』


フィギュアスケート世界選手権。

本来は東京開催だったけれど、震災の影響で開催不能に。

そのため、1ヶ月遅れでロシアでの開催となった。


この世界選手権で、代替開催国となったロシアは、 わずか1ヶ月という準備期間にも関わらず、あらゆる面で日本に多大な配慮をしてくれている。


自国開催を楽しみにしていた日本国民がテレビで中継を楽しめるようにと、日本時間のゴールデンタイムに合わせて開会。

開会式では日本を、被災地を応援する演出。

そしてフィナーレでは、日本選手を中心に、日の丸を描いて各国の選手が輪になって、日本を励ますパフォーマンス。


選手たちも、随所に日本へのメッセージを伝えてくれた。

アモディオ選手は、減点対象となるボーカル入りの曲をあえて使用。

「これは日本の人たちへのささやかな歌のプレゼントだ」と。


たくさんの選手たちが、応援席の観客が、日本への応援をくれた。

エキシビションに祈りを込めた選手たちもいた。


そして、グランドフィナーレ。
ロシアのフィギュアスケート連盟から、日本への詩のメッセージが送られた。

全文をネットで見ることができる。


「日本にささげる詩」

地球がいたみでうめき声を発した

自然の強さに全世界がショックをうけ

あらゆるものを水は深海に流した


しかし 何があっても太陽は東から昇る

地震と津波は光には勝てない


我々の神様が 地球の皆の命を保ってくれることを祈る


桜が咲く公園はたくさんあることを

白樺が咲く公園はたくさんあることを

鳥が春の歌を歌えることを

旗が勝利の祝いで挙げられることを祈る


子供たちが大人たちへと願う
友の皆さん 手をつないで


われわれがこの地球において
ひとつの家族になっていることを忘れないでほしい




ところが。

ロシアからの、こんな温かなメッセージは、 しかしほとんどの日本国民には届いていない。

独占中継したフジテレビは、このメッセージを放送しなかった。

時間切れじゃない。

そもそも、ロシアがせっかくゴールデンタイムに合わせて開催してくれているのに。

フジテレビの放送は、19時から始まって、最初の1時間以上はひたすら前日の振り返りVTRとキムヨナの特集。

リアルタイムではなく遅らせて放送した上に、何故か演技順序を入れ換えて放送。

日本選手のエキシビションがようやく放送されたのは、TBSでJINが始まった頃。

さらに延長放送になったため、金メダルの安藤美姫選手の涙のレクイエムを録画できなかった人がたくさんいる。

そして、フィナーレでの各国選手からの応援も、ロシアからのメッセージも放送されなかった。

さらには、安藤美姫選手はロシア語でお礼を述べ、そのあと日本の現状を英語で伝えたそうですが、、

当然そんなこともフジでは放送されませんでした。


これは時間切れなんかじゃない。

インタビューやCGや、ましてやスタジオの感想など放送する余裕があるのだから。

意図的に流さなかったとしか思えない。


完全生中継をした有料放送を見たたくさんの視聴者がTwitterにリアルタイムに情報を流した。


それを見比べると、フジテレビがどれだけ放送をカットし、どれだけの世界からの応援メッセージを伝えなかったかがよくわかる。


世界中の好意を踏みにじっておいて、自分たちの視聴率稼ぎのことしか頭にないとしたら、 公共の電波を預かるメディアとして最低だ。




2011年5月 4日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.04 柚子こしょう からの

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宮田美香 見ての通り、柚子こしょう。

大好きな柚子こしょうを こんぴらさん 近くのお土産屋さんで自分のために買いました。

ちょっとずつしか使えないから1人で全部消費しきれるのだろうか。。

今の悩みです。

柚子こしょう、食べに来てねーーー。笑


そんなことより、明日、、以前交流会をしたビーハイブスの山本さん、北畑さんに映画祭にお招き頂きました。お店でされるそうです。

楽しみーーー


そのお話はまた明日。


 

2011年5月 4日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.03 マナーセミナー

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宮田美香 そーいえば、この間、、さおりんとマナーセミナーに行ってきたんでした。


確認の意味も込めてしっかり聞いてきましたよ。

講師は山本衣奈子 先生。


会場は、さおりんと同じぐらいであろう美容師から店長よりも年上であろう方々が来られていました。
皆さん、自分の勉強や、サロンに持ち帰ってスタッフ間で講習をするんだろうな、、と、人間観察からはじめました。


セミナーは、はたらくとは、、からマナー、サービス、ホスピタリティ 接遇、言葉遣いまで教えて頂き、確認、勉強しました。

少し驚いたのが、簡単な例文を尊敬語、謙譲語、丁寧語に直すというものがあったのですが、意外と出来ていない人達が多かったのです。

良い悪いではないのですが、



そうか。。。 と思いました。




でも、お店にもよりますが、完璧な言葉遣いを必ずするのが良い。というわけでもないと思うのです。相手に合わせて、不快感を与えることのないように気持ちよく思ってもらえれば。
お客様でも小さな子供さんから御年輩の方までおられますし、その方との関係性にもよりますもんね。


が、、正しい基本があっての、崩しや応用であって、知らなかったり、出来ていないのは良くない。コレはこの事ではなくても何でもそうですね。


マナーセミナー、、これはこれからアンセムに入ってきてくれる未来のスタッフにも行ってもらわないと。


働く意識というものが、元々自分の中にあったり、働いていくうちにめばえたり、店内で話があったり、あると思いますが、外部のセミナーなどで聞くとまた違った感じで刺激され、頭に入るもの。


行ってよかった。


2011年5月 3日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.03 ヒーロー

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アメリカのビンラディンへの制裁でお祭り騒ぎするアメリカ国民の姿は狂気じみている。

裁判もせずに他国で人を殺した上に、大統領が勝利宣言まがいの演説をするというのは、異常。。岩永です。



真のヒーローは多くを語らない。

言葉より行動だ。行動あってこその言葉なんだと。



『ヒーローはいらない』

 

「フクシマ50(フィフティ)」という言葉がある。

福島原発の過酷な環境下で働く作業員約50人を、海外メディアがそうたたえた。

原子炉冷却のための放水作業をした消防隊員も機動隊指揮官も会見。

その勇気と気遣う家族とのやりとりに心打たれた。ふと、思う。

原発事故に立ち向かう自衛隊員はなぜ出てこないのだろう?



実は、陸自中央特殊武器防護隊員6人は3号機の建屋が水素爆発したとき、乗っていた車ごとがれきに埋まり、けがもした。

現場で最も生命の危機にさらされたケースといっていい。

彼らはすぐ翌日、任務に復帰したという。

命令ではなく、自らの意思で。放射線のプロとしての誇りか。

それにしても、前の日に聞いた爆音は耳に残っているだろう。

現場に放置された横倒しの放水車を見れば恐怖がよみがえったはずだ。

彼らが会見を開く予定はないという。



自衛隊には「ヒーローはいらない」という文化がある。

1人の勇気ある行動を称賛しない、むしろ嫌う雰囲気。

若い指揮官がとっさの機転を利かせて困難を乗り切っても、あとでやんわり「蛮勇をふるうなよ」と諭される。

戦後しばらく、「憲法違反」などと不当に批判されたことの反動なのかもしれない。

でも、私はこの時代、もっとおおらかに広報してもいいと思う。

防護隊長の生の言葉がぜひ聞きたい。



「我々は最後の最後まで、ここにとどまるからな。」

原発周辺で活動する部隊長がそう訓示したことも、たぶん広報されることはない。

PR下手で、黙々と、愚直に活動を続ける。

宮沢賢治の詩を思い出した。

<雨ニモマケズ/風ニモマケズ……>

部隊長は付け加えた。

「住民は我々の姿をみて安心しているのだから。」

<ホメラレモセズ/クニモサレズ>

サウイフモノニ、私はとてもなれない。





2011年5月 3日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.03 ふく利

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寝る一時間前に蜂蜜をなめると深く眠れる&成長ホルモンの活性化で痩せるらしいです。岩永です。



久しぶりのラーメンブログ。


天一のあったあとに出来たラーメン屋「ふく利」です。


よくある和歌山系醤油豚骨ですが、


思ったよりもしつこくない。色は結構濃そうなんですけど、、


コレはなかなかイケる。割と素朴な味です。


よく「ラーメン食べ過ぎ」と言われますが、ラーメンほど安くて旨く、かつ多種多様なグルメはなかなか無い。


そして僕はラーメン食べてないと体調不良になります。


人はそんな僕のことを「ラーメンマン」と呼ぶ。


ラーメンマンはいつも貴方の蕎麦にいる。。




2011年5月 3日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.02 ネロリジャスミン

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宮田美香 ボディショップで新しいボディローションを買いました。


ネロリジャスミンのやつです。
ネロリって、オレンジの花から得られる精油で大量なとこから少ししかとれないんですよー。

ネロリ自体は、不安症、抑うつ症、イライラ、不眠症、ストレスなどにいいらしく、鎮静させてくれるらしいですよ。


そんな、、イライラもしてないはずなのに、自然とコレを選びました(^^)


でも寝る前にぴったり。


逆に、集中力を切らしてはダメな時はむいてないのです。


今日はそんなオリエンタルフローラルなネロリの香りにつつまれながら寝ることとします。


 

2011年5月 2日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.02 大増税路線に騙されるな!

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福島の居酒屋でまさかの「震度割引」。たくましく生きる人達。岩永です。



「現代ビジネス」の記事。

要は今の政府案は、これ以上ないまでに国民負担を最大化しているというコトですよね。

経産官僚のやりたい放題だからこうした東電に甘い再建案が出てくる、ということらしいが、マヂか。。


長いです。また、チョイ難しいです。。



『大増税路線に騙されるな!東電を潰さない政府案では国民負担10兆円。解体すれば0.9兆円で済む。』



東電の賠償問題では、資産側と負債側にいろいろな要素を加味して考えなければいけない。

まず資産側だが、原子力損害賠償法に基づき東電は原子力損害賠償責任保険に加入する義務があり、福島第一原発で0.2兆円だ。

これは東電への支援になるので、資産側に加算する。


さらに、この責任保険でカバーできない範囲については、国が東電を相手として原子力損害賠償補償契約を結んでいる。

これは2010年度予算で1.7兆円だ。これも資産側に加算できる。


その一方、今回の原発問題への賠償は一義的には東電にかかる。その金額は今の段階では確定できないが、将来負担や各種経済への負担まで含めると数兆円から10兆円までありえる。

これが負債側にのっかる。


これで、修正されたバランスシートを見ると、完全に債務超過になる。

その超過分は国民負担になる。

これが、東電補償問題を考える上での原理原則だ。


これさえ押さえておけば、負担関係の理解は容易になる。



今回の政府案にでてくる交付国債は、国民負担の一部である。

また、金融機関からの融資は、一時的に資金融通されるがいずれ電力料金の引き上げによって賄われるので、これも国民負担の一部である。

電力料金は独占価格であるので、電力会社からの持ち出しがなく、国民に負担が転嫁されるからだ。


政府案は、東電全体を存続させる。

具体的には、東電の上場は維持し、債務超過にされないとし、債券・社債はすべて毀損しないので、純資産や負債が保護され株主・債権者が負担することはない。

株主は配当減少、希薄化で損失を受けるともいわれているが、100%減資でないのでたいしたことでない。


その対極として、電力事業を維持しながら東電を解体するという考え方もある。

東電を更正手続きのような解体処理すれば、電力事業を継続するとして流動債権者は守るとしても、それ以外はカットされ株主や長期債権者は負担を被る。

この場合、東電の電力事業は、他の電力会社や他の公益事業会社が運営するということもありえる。


いずれにしても、仮に補償額が10兆円として、今の政府案のように東電を温存すれば国民負担は8.1兆円にもなるが、東電を解体して電力事業だけを継続させれば国民負担は0.9兆円まで下がる。





2011年5月 2日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.02 

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宮田美香 この日曜日はハハが三重からカットに来てくれました。

後から合流しようということで、カットは日曜最終の5時で。


女優さんの石田ゆり子みたいなのいいよねー。と言いながら、普通じゃない感じがいいと言われ、後ろの刈り上げからはじまり、トップが高めの、横アシンメトリーな前下がりボブになりました。

石田ゆり子に程遠い。


そして、うちに一日お泊りの、次の朝は自分でセットしてもらい、

自分でセットやブローが大変下手くそなハハでも、うん。いけるでしょう。というのを確認。


なかなか思い切ったことをする人です。笑


2011年5月 2日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.01 フィギュア

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『瓦礫が片付けられ、コンクリートの土台だけになった家々に、それぞれから出てきたであろう食器がきれいに重ねられてたのを見た時、言葉にはできない思いやりを感じた。

自分がして欲しいことを相手にしているのだと思った。』


っていうツイート。岩永です。




安藤美姫が女王に返り咲きましたね。おめでとうございます。


実はフィギュアはそれ程熱心なワケでもないんですけど、、


僕は真央ちゃんではなく、安藤美姫だと思っていたのです。


一つの仮説(妄想、、)を立ててみたのです。


真央ちゃんは、勝負を意識した時にダメになってしまったのではないか?


勝ちにこだわったことで本来の、のびのびしたスケートが出来なくなっているのではと。


そして、安藤美姫なかなか結果を出せず、真央ちゃんに人気と期待が集中するなかで、悩み抜いた末に湧き上がった問い。


「私は何故スケートをするのか?」


そこで彼女は、「自分のために勝つこと」ではなく、


「勝てなくてもいいから、本当に自分が楽しいと思えるスケート。見るものを笑顔にするスケートをしよう」


と思えるようになったのではないか?


開き直ってみたら、そこはエライ心地よい場所だった。みたいな。。


あるいは、ひとを幸せにしようとしたら、自分も幸せになってた。という感じ。

 

イヤ、全て妄想ですけどね!!

 

仕事もそうあるべきだなと、強く思いました。

 

我先にではなく、

「自分を列の最後に置く謙虚さ」

 

これがなかなか難しいんですけどね。やっぱり譲れないことは今も少なくないですし、、でも、まあ、そうありたいとは思いますよ。。




全ての事がそうあると、イイね ♪(´ε` )






 

2011年5月 1日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.05.01 美容石鹸

photo.jpg

宮田美香 小旅行先で買った洗顔石鹸です。五種の天然素材と六種の美容液成分から出来ているというやつ。

もっちり泡でくすみOFF美肌へ、て書いてるので、そうなることでしょう。


旅先では石鹸を買うことにすると決めてます。

というか、、この間決めました。



それにしても、香川県のタクシーのおじさんが言ってた、 この辺じゃ男の人やったらうどん小なら、3口で飲む
って言ってたのは本当なんだろうか。。
噛まないんだ。


2011年5月 1日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)


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