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2011.06.30 an an

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みやた です(^_-)


気になるタイトル。またアンアン 買いました。

簡単エクササイズがいっぱい載ってましたよ。

やっぱり、食べて運動が1番ですね(^ ^)最近は半身浴が辛い時期ですが、、なるべく頑張るようにするぞーーー


冷房で逆に体が冷えてるみたいなので、引き続き リンゴ酢と半身浴で体がいい状態になれることを願います。

2011年6月30日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.30 続ブータン

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うわぁ、暇なヤツいるなぁ。。岩永です。



再び、幸福度世界一の国、ブータンのこと。

「そんな幸せもあるんだな」ということ。

日本がブータンのように、

「もっとのんびりやっていこう」

ということではない。


しかし、ブータンから学ぶべきこともあるはずだと。


大国であり、いまだギリギリ世界の先頭を走る日本は、先進国のあるべき姿を示していくのが役割であると。




『「この人は、もう死ぬんだし」えっ!』
(日経ビジネスオンライン)



ブータンの人たちと暮らしをしていて、これは彼らの幸せの秘訣になっているかもなぁと思うことがあります。

それは、

「自分を追い詰めない」こと。


例えば、


仕事で上司が海外のミーティングに参加することになっていた。

大切なお客様から招待され、もちろん参加させていただくと連絡してあった。

しかし、あいにくピークシーズンだったので、担当者がフライトの手配を始めたころには既にフライトが満席になっていて確保できなかった。

ある朝、その旨を上司に報告する。もちろん上司は大目玉…。


というようなことが起こったとします。

上司の前で、その担当者は神妙にします。

私は見ていて、こんなことをしでかしてしまって、さぞかし彼は凹んでいることだろう…

と思い、ちょっとお昼にでも声かけておこう、と食堂に向かう。

するとそこには友人たちと楽しそうに食事をしている彼の姿を見かける。

失敗したことを気にしている様子は微塵もない。

とっても楽しそうにごはんを食べて、友人たちと談笑している。


落ち込んでいないことにほっとしながらも、「大丈夫?」と声をかけると、こんな答えが返ってきます。

「ホント、彼(上司)はいっつも怒るんだよねぇ、怒りすぎだよねぇ」


「このミーティングは、時期と運が悪かったんだよ。

仕方がない。

でもまぁキャンセルが出たらチケットを取れるかもしれないし。

ちょっと様子を見てみよう。

なるようになるさ」



何とも、さっぱりしています。



ブータンの人たちは、私たち日本人よりずっと

「割り切る力」

が強い気がします。

それは仕方がなかったんだ、と言い、くよくよしない、自分を責め、追い詰めすぎない、という傾向があるように思います。

そしてそれは、彼らがリラックスして人生を生きていく上での秘訣でもあるように思います。



彼らが、何かうまくいかないことがあっても、苛立ったり自分を責めたりせず

「仕方がなかった」

と思えるのはなぜなのでしょうか。



日々彼らと仕事をし、またこの土地に暮らしていて感じるのは、そもそもブータンの人々は

「人間の力では(または自分の力では)がんばってみてもどうにもできない」

と思っている範囲が、日本人である私たち以上に大きいのではないかということ。

 
自然の力、という意味だけではなく、運や縁、運命なども含めて、

「まぁ、なるようになるよ」

というスタンスが強いように感じます。



「がんばっても、どうにもできない」

と思っている範囲が、私たち日本人より広いので、中には、私たちの視点からすると

「それは、どうにかできたのではないだろうか…」

と思うのことも、ブータンの人は

「運が悪かった」

とくくってしまう面があります。



このため、うまくいかないことがあっても、自分を責め、追い詰めることがない。

「仕方がなかったね」

と割り切り、また次の瞬間から笑顔に戻る。

これも、ブータンの人々が日々を幸せに生きる上での知恵ではないでしょうか。



ここまでお話しすると、ブータンの人は来世を信じ、また家族との一体感が強いことで、幸せを願う範囲が広いこと、そして割り切り力が高いことは、幸せ感を生むことにつながっており、とてもいいことのように思えます。

うらやましいものでもあるように思います。

 
しかし、何ごとにもいい面も悪い面もあります。

このブータンの人々の

「幸せ」

を支える要素は、時に、日本人の目からするとあまりよくないものを生むことがあります。

 

極端な例かもしれませんが、ブータン東部のある病院での出来事を1つご紹介します。



ブータン東部で、最も大きい病院で看護師をされている日本人女性に話を聞くと、彼女は、

「やりきれないこともたくさんある」

と言います。



ある日、その病院に、重症の患者さんが担ぎ込まれました。集中治療室(ICU)に搬送し手術をすることになりました。

まず気道を確保する必要があり、挿管をしようとしたのですが、うまくいかない。

 
3回目の挿管が失敗したところで、患者さんのご家族がいらっしゃる前で(ブータンではICU内にもご家族が入る)、担当医がこう言ったそうです。

 
「もうやめようよ。どちみちこの人は、もうすぐ死ぬんだし」



諦めてしまった医師に対し、この日本人の看護師さんが

「諦めずに、もう1回やりましょう!」

といって挿管を試みてうまくいき、その後、手術も順調に進んで、結局この患者さんは回復されたそうです。

 
彼女は、あの場面で医師からこの言葉を聴き、本当にショックだったと言います。

また、自分がいないところでは、こうやって諦められることで失われた命も多いのだろうと想像すると、やりきれないと。



医師が、助かる見込みのある患者さんを前に、

「どのみち、もうすぐ亡くなるのだから」

と言い、医療行為を放棄するというのは、信じ難いことに思えます。

ショックでもありますし、やるせなさや怒りも覚えます。


ましてや、自分がその患者さんの家族であったら、またはその場に居合わせた医療従事者であったら、その悔しさはどれほどかと思います。

 
ただ、こうしたことを、日本人の常識からだけ考えて

「ありえない」

と否定することもまた、難しいのではないかと思います。

これも結局のところ、ブータンの人たちの価値観に基づいている部分が大きいと思われるためです。

 

来世を信じるブータンの人たちにとって、現世における

「死」の意味は、

日本人が考えるものとは異なります。

また、ブータンの人たちは

「人間にはどうにもできない」

と思っている範囲が広い。

これらは、ブータンの人々の幸せ感を支えるものでもあります。



そうした価値観の違いを無視して、

「そんなこと言うなんてあり得ない」

と簡単に言うことは、難しいように思います。



時には

「うーん、もう!」

と思ってしまうブータンの人々ですが、それでも、悩みがあっても、いやなことがあっても、あっけらかんと生き、楽しそうにしている彼らを見ていると、うらやましいという思うと同時に、きっと私たちが学べることもあるはずだと感じてしまいます。





2011年6月30日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.06.30 甘いの

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みやた です(^_-)

今日、差し入れていただきましたー。

嬉しいな(^O^)/


疲れた時は甘いものを摂取すると癒されますよね。
でも摂りすぎると、逆にどっと疲れるんだそうです。

加減が大事だ。。



昼間暑い日が続きますが、皆さん適度な甘いものと水分補給をして、体調崩さないように気をつけて下さいね。


2011年6月30日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.29 あいぽんカバ

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みやた です(^_-)


iPhone 以下あいぽん のカバーをかえてみました。


直前まで、大人おしゃれカバーにしようと決めていたのに やっぱり前からこころの奥底で気にしていた このイチゴチョコのあいぽんカバーにしてしまいました。

みんなに 何でそのあいぽんカバーにしたん(^_^;)など言われ、店長には ダサッ の一言。笑


いいんだよーーー♪(´ε` )



美味しそうでしょ。








2011年6月29日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.29 正義を着替える日本人

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ちょっと前のやつ、山手線で発見されたリアルのび太。岩永です。



「正義」は時として、刃となり、相手を傷付けることもあり、

大義名分を傘にした攻撃は、怖ろしい。

後ろめたさや、迷いがない分、その攻撃は、より強大となる。


そして、「正義」であるはずの行いは、相手にとっては「脅威」以外の何物でもなくなってしまう。


「正しい行い」は、難しい。。





『「正義」を簡単に着替える日本人』 (宮島理)



日本人は何も変わっていない。


無定見に「正義」を着替え、いかなる「正義」にも便乗しない者を絶えず感情的に攻撃する。
 


敗戦は、日本人がその責任から逃れるために、古い「正義」をスルリと脱ぎ、新しい「正義」を羽織った時代だった。


そこには合理的説明も省察も何もなく、効力の失われた「正義」を捨て、新しい「正義」を拾うという、醜い自己保身があるだけだったのである。


その過程で、いかなる「正義」にも阿らない人々が犠牲となった。

 

美濃部達吉は戦前、いわゆる天皇機関説を唱えたことにより、軍部や右翼、ならびに「世論」から激しく攻撃された。


美濃部は貴族院議員を辞職する事態に追い込まれている。
 

戦後になって、軍部や右翼に同調していた「世論」は、一転して軍部と右翼を叩き、

「民主主義者」となり

「平和主義者」となった。


明治憲法は当然改正されるべきだということになり、天皇機関説により「リベラル」と思われていた美濃部は、反明治憲法陣営(およびGHQ)から、力強い味方として期待されていた。
 

しかし、美濃部は

「軍国主義者」にも

「平和主義者」にも阿らない。


自分の憲法学を貫き、新憲法制定(明治憲法改正)は無効であると主張した。


また、天皇機関説の美濃部は、明治憲法下でも戦後日本はやっていけると考えていたとも言われている。
 

この美濃部の行動に、反明治憲法陣営は「勝手に失望」した。


そして、美濃部は彼らから批判されることになるのである。


戦前は

「軍国主義者」に批判され、

戦後は「平和主義者」に批判されたわけだが、

「軍国主義」も「平和主義」もその衣を着ているのは実際のところ同一の「世論」であった。


美濃部は日本人の無定見な「正義」に翻弄されたと言えるだろう。
 


同じような目にあった人はまだいる。


戦前、津田左右吉は、その実証主義的な記紀研究が皇室の尊厳を犯しているとして、これまた軍部や右翼から批判されていた。


その著書は発禁に追い込まれたのである。戦後になり、

「尊皇主義者」から「反天皇主義者」

に「転向」した人々にとって、津田は反天皇運動の味方になると期待された。
 

ところが、津田は1946年に

「建国の事情と万世一系の思想」

という論文を発表し、天皇制廃止を否定した。


そのため、反天皇運動からは激しく批判されることとなったのである。
 

津田もまた、戦前は「尊皇主義者」に批判され、戦後は「反天皇主義者」に批判された。


「尊皇」も「反天皇」も、時代と寝ることしかできない者たちによる仮衣装であり、日本人の無定見な「正義」は、津田のような人物をも苦しめた。
 

こうした日本人の欺瞞を鋭く突いたのが、太宰治だった。


太宰は1946年に発表した「十五年間」の中で、次のように書いている。



「日本に於いて今さら昨日の軍閥官僚を罵倒してみたって、それはもう自由思想ではない。

それこそ真空管の中の鳩である。

真の勇気ある自由思想家なら、いまこそ何を措いても叫ばなければならぬ事がある。

天皇陛下万歳! この叫びだ。昨日までは古かった。

古いどころか詐欺だった。

しかし、今日に於いては最も新しい自由思想だ。十年前の自由と、今日の自由とその内容が違うとはこの事だ。

それはもはや、神秘主義ではない。

人間の本然の愛だ。

アメリカは自由の国だと聞いている。

必ずや、日本のこの真の自由の叫びを認めてくれるに違いない」(「十五年間」より)

 

太宰一流の皮肉だが、現在であれば、「天皇陛下万歳!」のかわりに「原発万歳!」と叫ぶところだろうか。
 

美濃部、津田、太宰の時代と、今の日本人は何ら変わるところがない。


昨日まで

「脱ダム」「温暖化ガス削減」「原発ルネサンス」

と言っていた人々が、一夜にして

「水力発電推進」「火力発電推進」「原発即時廃止」

と叫んでいる。
 

民主党政権では、

「脱ダム」「温暖化ガス削減」「原発ルネサンス」

が掲げられた。


「脱ダム」の象徴が八ッ場ダム問題である。


そして、

「温暖化ガス25%削減」

を進めるために、温暖化ガスを出さない原発を積極的に推進し、海外に輸出することも官民一体で行われた。


菅政権も2010年6月の閣議決定で、2030年までに原発を14基以上増やす方針を打ち出している。
 

政権交代を実現した国民の多数派は、「脱ダム」を支持し、「温暖化ガス削減」を支持し、さらに

「温暖化ガス削減」の論理的帰結としての

「原発ルネサンス」を明確に支持した。


ちなみに、私は

「脱ダム」にも「温暖化ガス削減」にも「原発ルネサンス」

にも懐疑的だったが、エネルギー安全保障の観点から消極的に原発依存度の現状維持という立場を取る

「時代遅れ」

でしかなかった。
 

ところが、時代の先端を行く国民の多数派は、原発事故を受けて、一気に次の新しい流行へと飛び移った。


彼らは一夜にして「脱ダム」を忘れて「水力発電推進」を言い出した(念のため言っておくが、多目的ダムの八ッ場ダムには、発電目的も含まれている)。


さらに「温暖化ガス削減」を忘れて「火力発電推進」を言い出した(石炭・石油から天然ガスに比重を移したところで温暖化ガス削減では原発に到底及ばない)。


「原発ルネサンス」はどこかへ消え去り、

「原発即時廃止」

がトレンドとなった。
 


180度転換した「世論」の前では、

「水力発電のためにダム増やしたら環境破壊になるけどいいの?」

「火力発電を増強したら、温暖化ガス削減目標は絶対に達成できないけどいいの?」

「原発即時廃止したら当面の電力が足りなくなるけどいいの?」

という当然の疑問は何の意味も持たない。


「正義」を着替えた彼らにとって、そのような「過去」にこだわるのは「ダサい」のである。


もちろん、

「風力・地熱・太陽光だけじゃ絶対に電力足りないよ?」

という疑問もスルーされる。


別に彼らは本気でエネルギー政策を考えているわけではなく、単に原発事故という責任から逃れたいだけだからだ。
 

それどころか、


「本当に脱原発をしたいなら、既存原発を当面活用しつつ、地道に代替エネルギー確保やエネルギー安全保障強化をしていかなきゃいけないんじゃないの?」

という主張をする者は、

「時代遅れの原発推進派」

として糾弾されてしまう。


また、

「浜岡原発停止"要請"は、電力供給対策を放棄して、いざとなれば電力会社の責任にして逃げられるポピュリズム的手法なんじゃないの?」

と批判する者は、彼らにとって

「原発利権の回し者」だ。


浜岡原発停止"要請"を賛美することは、かつて民主党政権の積極的原発推進路線を支持していた忌まわしき「過去」を忘れるための大切な「儀式」なのである。


「儀式」を邪魔することは、絶対に許されない。
 

こうした「空気」の時は、空想的理想論がもてはやされる。

「原発の電気は使いたくない」

という子供じみた言い回しをして、「自然エネルギー」がブームになるのは、

「血塗られた平和は要らない」

という子供じみた言い方をして、「非武装中立」を唱えた時代と重なる。


そう、「自然エネルギー」とは、21世紀の「非武装中立」なのだ。
 

積極的原発推進路線にも原発即時廃止路線にも阿らない人々は、現在、息を潜めてジッとしている。


積極的原発推進路線から原発即時廃止路線に「転向」し、絶えず「正義」を振りかざす人々の感情が収まるまで、何も言わないのが得策だとあきらめているのだろう。


政治家もマスメディアも学者も奥歯に物が挟まったような言い方しかしないのは、敗戦後とまったく同じである。


わが日本は、いつまで「正義」を簡単に着替える人々に振り回されなければならないのだろうか。




2011年6月29日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.28 悪魔祓いの国・ニッポン

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コレはヤバイぞ… ペリカンが恐るべき場所に立ってる。。岩永です。



問題から目を逸らし、

「悪魔祓い」

で気持ちの整理をし、その場しのぎをする「クセ」が、日本人にはあると思うと。


今こそ根本的な問題に目を向け、あえて困難に飛び込む覚悟が必要ではないかと。




『悪魔祓いの国・ニッポン』




戦後ニッポンは「悪魔祓いの国」であったが、ここ数年はその傾向をさらに強めている。


問題が起きると、問題の存在そのものを見なかったことにして、問題を解決したつもりになる。その結果がこれだ。



「トヨタ自動車の豊田章男社長は10日、記者団に対して『安定供給、安全、安心な電力供給をお願いしたい』

と訴えた。

円高に加えて電力不足が広がる現状に、

『日本でのものづくりが、ちょっと限界を超えたと思う』

と危機感を漏らした。
 
東日本から西日本へ生産や事業を移す動きを進めている企業も動揺している。
 

NTTデータは、首都圏のデータセンターにある自社のサーバー数千台を関西地域のデータセンターに移転させる計画だったが、関電の節電要請を受け、


『今後、海外を含めて移転先を再検討する』としている」(読売新聞)

 

日本企業も含めたグローバルな資本を呼び込めるように、さまざまな制度、インフラを整備しなければならないということは、10年以上前からずっと言われてきた。

これは、

「グローバリズムなんてアメリカニズムに過ぎない」

とか

「日本には日本のやり方がある」

といった、呑気なことを言っていれば済む問題ではない。


アジアだって中東だって、当たり前に国家間競争、都市間競争をやっている。

トヨタやNTTデータの

「対日投資からの撤退」

は、序章に過ぎないと考えるべきだろう。
 

あれだけの事故があったのだから、原発のリスクを再点検するのは当然だ。


しかし、それは原発を即時停止することを意味しない。


経済や生活環境への配慮をしながら、余裕を持って電力を確保しなければ、それこそ失業増や所得減を引き起こすし、熱中症などによる健康被害も発生しかねない。


問題に優劣を付け、時間をかけて漸進的に行動することこそが、正しい問題解決の作法だ。
 

ところが、戦後ニッポンの悪弊として、何か問題が起きると、漸進的で苦しい問題解決から逃げて、「悪魔祓い」に走る傾向がある。


「悪魔祓い」は、問題の存在そのものをなかったことにしてしまうから、利害関係者の調整も不要だし、誰かが憎まれ役になることもない。


すべての日本人が「悪魔祓い」によってスッキリすることができる。


少なくとも「悪魔祓い」を主導する張本人は無意識にそう感じるからこそ、安易な道を選択する。
 


ただ、そんな「悪魔祓い」は目先のゴマカシに過ぎないから、当然のことながら、様々な問題が新たに発生する。


それでも、「悪魔祓い」をした張本人は既に勝手にスッキリしてしまっているので、新たに発生した問題には興味をまるで示さない。


仕方ないから、別の責任感のある人たちが、「悪魔祓い」をくつがえさない範囲で、せっせと問題解決を図り、世の中は再び回り出していく。
 

戦後ニッポンが最初に行った「悪魔祓い」が、反戦平和である。

普通なら、戦争に負けた場合(いや、勝った場合でも)、


「日本はなぜ戦争を始めたのか」

「どうして戦争に負けたのか(勝ったのか)」

「戦争の前提となる国益追求の目的は達成されたのか」

「そもそも、明確な目的があったのか」


といった問いかけをして、問題があれば、それを解決するために戦略の見直しや、軍備を含む制度の改革を行う。


しかし、戦後ニッポンは、地道な改革を放棄し、軍備そのものを捨てるという「悪魔祓い」を行った。
 

言うまでもないことだが、

「軍隊がなければ平和だ」

という念仏では、国際紛争は解決しない。


日本は朝鮮戦争でそのことを否が応でも思い知らされ、再軍備をすることになった。


その際、反戦平和という「悪魔祓い」をくつがえさないように政治的な配慮がなされ、


「軍隊ではない警察予備隊」


ができ、後に自衛隊へと改組されていった。
 

戦後ニッポンの、とりわけ55年体制において有益な政策論争が成り立たなかったのは、片方の陣営は「悪魔祓い」にしか関心がなく、残る一方は一方で、

「悪魔祓い」を真正面から批判することなく、裏で尻ぬぐい的に(悪く言えばコソコソと)問題解決を図ってきたからだ。


そういう構図では、理想主義的なコドモはオトナを批判し続けるだけで、何も成長できない。

オトナはオトナで

「くそリアリズム」

に陥って、コドモには何も言わず、苦笑しながら現実を棚の裏に隠すようになっていく。


冷戦が崩壊して、コドモ・オトナの不毛な構図も消え去るかと期待されたが、今回の原発事故で、亡霊のように「悪魔祓い」が現れた。
 

もっとも、「悪魔祓い」復活の前兆はあった。


2008年の派遣切り騒動がそれである。派遣切りは、正規・非正規の二重構造問題が背景にあり、それを解決するためには、雇用における日本型システムを見直さなければならない。


日本型システムを見直そうと思えば、年配の正社員には大きな痛みを与えることになるし、1960から80年代の

「古き良きニッポン」

を夢見る若年層からも「希望」を奪うことになる。


それでも、今さら実現できない「希望」を若年層に抱かせ、年配層の既得権を護持する政策を続けていては、派遣切り騒動は何度も繰り返される。


日本型システムの見直しは、問題解決を真剣に考える人たちからすれば、必然的な急務であった。
 

ところが、既得権を奪われたくない人たち、あるいは既得権層と衝突したくない人たちは、


「派遣切りをなくすには、派遣という制度そのものをなくしてしまえ」


と結論付けた。


派遣という制度をなくしたところで、正規・非正規の二重構造が残っている以上、今度は請負やパートを対象に新たな問題を引き起こすだけである。


または、非正規にすらなれずに、長期失業者が増えていくだけなのだが、「悪魔祓い」を前にしては、そういう地味な声はかき消されてしまう。
 

厄介なのは、この手の「悪魔祓い」は、素朴な「善意」から行われるものも少なくないということだ。反戦平和も反派遣も反原発も、

「善良なニッポン人」が多く加わっている。


しかし、その「善良」とは、

「リスクを取りたくないから善良」

「嫌われたくないから善良」


という以上の意味を持たないのである。




2011年6月28日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.27 ナイスタイミング。

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みやた です(^_-)


今日の休みは、まずコニたんに電話したタイミングが素晴らしかったらしく、ナイスタイミングやからランチ行こうってなって、、アルカイックに行ってきました(^^)

またいーっぱいしゃべって楽しいランチだった。

その後はコニたんは、大事な用事があるからバイバイしたんですけど、、


夜にまたしても、ナイスタイミングの再会。嬉しくなって夜ゴハンをいっしょすることに(^^)

そのまえに七夕の短冊に願い事かいて笹に吊して、それからお寿司食べて帰ってきましたよー。


持つべきものはコニたんだね。


 

2011年6月27日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.27 ヒトをつくる

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イギリス料理ヤベぇー (´Д` ) 岩永です。



松下幸之助先生はこう言ったそうです。


「取引先で、

『君のところの会社は何を作っとるのかね』

と聞かれたらこう答えなさい、


『松下電器は、人を作っている会社です。併せて電器も作っています』と」


つまりは、そういうこと。




『モノではなくヒトを作る』



いまの時代、僕らはモノではなくヒトをつくることにより一層注力しなくてはいけないのではないでしょうか。



少子高齢化だから子作りに励めとかそういう話ではありません。

ますますソーシャル化して組織における人材に求められるものもP2Pのピアとして機能する人、ピンで機能するチカラのある人が求められる時代にあって、組織のマネジメントにおける「人事」の重要性がよりいっそう高まってくるのではないでしょうか、という話。



その意味で、このソーシャルな時代に組織のマネジメント層に求められるのは、自分たちで商品やサービスやらのモノをつくったり、事業というコトをつくりだすことではないはずです。

自分たちが躍起になってアイデアを捻り出すより、そうしたモノやコトを生むことができるヒトをつくることなのだろうと思います。

そして、そうしたヒトが組織の外の人たちとともに物事を生み出していくことを支援することだと思います。



さらにヒトをつくるという面からみると、マネジメント層が自らモノやコトをつくることに躍起になってしまうことが障害になることさえあると思います。

なぜ障害になりうるかといえば、ヒトが育つためには自らモノやコトをつくりながら自分自身をつくっていくという経験をする必要があるのですが、そういう経験をする時間が上から押し付けられたモノづくりやコトづくりに奪われてしまうと、ヒトづくりの時間が組織から失われるからです。



ヒトをつくろうとしたら、マネジメント層は積極的に、自分以外のヒトが自分自身でモノやコトをつくれるよう支援しないといけません。

そして、モノやコトをつくれる環境、テーマ、リソースなどを積極的に提供して、ヒトが自らをつくる時間を与えてあげる必要があります。

それがソーシャルな時代にますます必要とされる人事、マネジメントでしょう。



経験ある人間はつい自分のアイデアを過大評価して、そのアイデアの実現を求めがちです。

しかし、経験のある人ほど、それを実現する作業は下の人間にまかせてしまわないとできなかったりもします。


ところが、そうやって実現するアイデアは、どんなによく評価しても、たかだかいまの時点で最良のものでしかなく、そのモノをつくるのをあきらめてヒトをつくる方に時間を回した場合に得られる将来のアイデアには到底かなわないはずです。




いま最良のものは将来のそこそこのアイデアにはかなわないと自覚しつつ、上の人間は下の人間に賭ける必要がある。

それができなければ、単にそれができたまわりの組織に負けていくだけなのです。



モノではなくヒトをつくるということで僕がイメージしているのは、そういうことです。

いま必要に思えるモノを手に入れるために、将来不可欠な人材をつくる時間を失ってしまっては元も子もありません。

そういう近視眼的な見方が取り返しのつかないミスになるのが、個々のヒトの力(特にどんな経験をどんな人たちとしてきて、いまはどんなつながりがあるのか、など)がこれまでとは比べられないほど、価値をもつのがソーシャルの時代ではないかと考えます。





2011年6月27日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.26 節電効果まとめ

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ニセ札作りの技術は年々進歩しており、カナダでは流通している紙幣100万枚のうち35枚がニセ札というちょっと深刻な事態になっているとのこと。

岩永です。



産業技術総合研究所が、

驚きの、節電効果の測定結果を発表。



「サマータイム」

「昼間の打ち水」

「輪番停電」


は、電力の低減には繋がらず、かえって消費を増やしてしまうコトもあることが明らかになったそうです。

そして、サマータイムの場合、前倒しではなく、

「後ろ倒し」

にする方が効果が期待できると。



「昼間の打ち水」

大きな蒸発を招く一方、水蒸気が拡散できないために、湿度の上昇の方が気温の下降よりも数値が高くなってしまい、最大電力需要はわずかに増大してしまうという結果。



「輪番停電」

電力復帰後にいっせいにエアコンフル稼働するので効果が薄くなる。



「サマータイム」

すべての人々が生活時間を1時間前倒しすると、14時の電力需要が抑えられる一方、帰宅によって16時に家庭での電力需要が増加し、業務と住宅を合計した最大電力需要は引き上げられる可能性があることが判明。

逆に1時間後ろ倒しした場合は、15時にわずかに電力需要が増加しますが夕方には減少するため、他の対策と組み合わせれば有効な手段となる可能性があります。



家庭では

「窓から差し込む日光を遮断」

「通風換気」

「エアコン設定温度の引き上げ」

という3つの節電対策を、

業務ではこれらに加えて機器・照明の節電も追加すれば、15%の節電が達成できるとのことなので、オーソドックスな行動を行った方が効果は高そうです。




2011年6月26日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.26 今日も朝で。

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みやた です(^_-)


今日のレッスンも朝にしときました。


6時前に起きる感じになるのですが、この時間でもすでに暑いんですね。。

でもやはり、起きてしまえばこっちのもの。今日もサクッとレッスンしましたよー。






皆さん、こまめな水分補給をお忘れなく。


2011年6月26日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.25 グローバル化って?

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タイの水族館に展示されている、魚が泳ぐスゴい車。岩永です。



古き良き時代の生活、ブータンのように、質素に、昔のように生きていけばいい。


などとは幻想だし、グローバリゼーションの本質を理解していないのではと。


グローバル化に選択の余地はなく、否応なしにやってくるモノだし、

「そんな難しいことは自分には関係ないし」

と、思っているあなたも、グローバリゼーションを支えてる一人であるわけで、

ならば、せめてその自覚だけは持っていなくてはいけない。


その上での、

じゃあ、どうするか?




『ローカルに逃げても、グローバリゼーションからは逃げられない』
(「はてなダイアリー・狐の王国」から)



武田鉄矢

「当たる要素のない映画を語る」

という記事。



これを見て思い出したのが、埼玉の田舎にアメリカがあるというお話。



グローバリゼーションの波に流された結果、

「その街にしかないもの」

が消えたという話。

「その街にしかないもの」

を持ってる街は強い、という話。



これ自体は間違ってない。

だが否応無くやってくるグローバル化から目を逸していい話でもない。



タイの物価は地味に上がり続けている。

タクシーも初乗り35バーツは変わってないが、35バーツで行ける距離は短くなった。

今でも屋台で30バーツで食べられるごはんは多いが、フードコートは50バーツや90バーツの食事が増えたりしている。そのぶん品質はもちろん上がっている。

味も多様性も安全性も。

きっと少し遅れてこれらはタイ人たちの給与額にも反映されるだろう。



対して日本はどうか。

どの産業を見ても低価格競争ばかり。

日本人の給与は下がり続ける一方だ。



そりゃあそうなのである。

だって日本人雇うよりタイ人雇った方が安いし、土地代だって日本よりぜんぜんかからないもん。

みんなそっちを使うでしょ。

そうすりゃいわゆる市場原理ってやつで人気者のほうが値段があがっていく。

人気が無ければ値段がさがっていく。



こういうことは別に日本とタイだけじゃなくて世界中で起こってる。

人も物も情報もあっというまに世界中に運べるようになってきた今、安い方に乗り換える障壁が低い。



そして最終的にはタイ人も日本人も同じ給料になる。

これがグローバリゼーションというものだろう。



これは人がグローバルかローカルかを言い争ってどうにかなるようなもんじゃなく、否応無くやってくるものだ。

だってみんな安い方を買うんだもの。

しょうがないじゃん。



もちろん日本人の教育レベルの高さや倫理観の高さはそう簡単にひっくり返るようなもんじゃない。

タイ人の教育レベルの問題はかなり難しい。



でもね、たとえば工場で決まり切ったことやるのにそんなに高い教育レベルが必要なんですか、ってことなんですよ。



別に工場労働を馬鹿にしてるわけじゃないよ。

でも君ら日本人はそんな教育レベルの低いタイ人たちが作ったもので満足してるじゃない。

紅ショウガなんてほとんどタイ産じゃないの?

発発展途上国で作ってるものいっぱいあるよね?

けっこうみんな買ってるよね?



冒頭で紹介した記事をはじめ、日本人の倫理観の高さや教育レベルの高さを絶賛するような記事はあちこちにあるけど、その分労働力としては値段が高くなってて、工場労働みたいな比較的単純な仕事は片っ端から外国に持ってかれてるわけでしょ。



じゃあグローバルじゃ勝てないのでローカルで、といったところで、その教育レベルの高さなりなんなりの値段分をペイできる仕事を作らなければ、結局負けちゃうじゃないの。



「いいんだ、負けてもいいからのんびりしたいんだ」


そんな声も聞こえて来る。


じゃあさ、君たち高度な倫理観と高い教育レベルを持つ日本人たちが外国で何をしてきたか、しているか、ちゃんと知っている?



最近一番腹の立ったことは、あるタイにいる日本人がこういう趣旨の発言をしたことだ。

「タイのもっともすばらしい価値は女だ」



自分が言われる側にならないとそれがいかに人を馬鹿にした発言かわからないだろうか。



日本人がかつて、そして今でもやってるように、強い国の人間は強い国に生まれたというだけで、悪びれもせずにこうして他国の人間や産業を馬鹿にするもんなんだよ。



日本がそう言われるようになった時、あなたがたのプライドはそれで耐えられるのですか?





2011年6月25日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.24 今日のヘアアレンジ

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みやた です(^_-)


今日で アンセム はOpenして二周年を迎えます(^^)皆様、これまで本当にお世話になりました。これからも末永く宜しくお願い致します。


そして、今日のヘアアレンジはこんな感じです。三つ編みをアレンジしてみました。
下の方にボリュームをだして、昭和レトロな感じに。

どうですか(^_-)


 

2011年6月24日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.24 おかげさまで2周年 (^_-)

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6月24日はアンセムの日。


あらゆる皆様のお陰で、アンセムは、2周年を迎えることが出来ました。


信頼できる仲間と、好きなことを、コツコツやってきた結果、2周年を迎えられました。


そんなアンセムを応援して頂いた、

お客様。

全ての業者様。

親友様。

毎朝行くローソン様。

宮田様。

兼村様。

お父様。お母様。

お兄様とその家族様。

そして、家族様。


ホントにありがとうございます。

(去年と一緒… )



2年とか一瞬でしたよ。



1年目は耐える年に、

2年目は1年目の反省を元にじっくり考える年に、

3年目となるコレからは、

ようやく前向いて進んで行こかな、と思っています。



話は逸れちゃいますが、

よくお客様から、

「男の子欲しくないの?」

と聞かれます。

そんな時、言葉にはしませんが、


「イヤイヤ、アンセムがオレの息子ですし。おすし。」


と、いつも思ってます。。



アンセム100周年まで、あと98年。


地に足を付けて、

焦らず、

小さなコトを大切に、





当たり前のコトを当たり前に、





コレからも走ることなく、

しっかり歩いて行きますよ。



そんな未熟なアンセムを、コレからもどうぞ宜しくお願いします。




2011年6月24日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.06.23 今日のヘアアレンジ

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みやた です(^_-)


しかし暑いですね。


こんな時は、スッキリ髪の毛をまとめたいですね。

でも、やっぱりアレンジはきかせますよ。


今日は、


まず上から普通の編み込みをしていきます。

下まで編み終わったら、毛先は三つ編みをします。

三つ編みが終わったらゴムでくくっておきます。


そして、編み込みをいい感じに崩していきます。

合わせ鏡をして、横からみた時のトップをチェック。編み込みを引き出してボリュームを出していきます。


引き続き、毛先の三つ編みを崩していきます。


全部を崩し終わったら、別のゴムで、三つ編みの部分を適当に、無造作に丸めてくくります。

そして、ゴムを隠すようにピンを使って留めていきます。
三つ編みが結構崩れている方がこの時に、ゴムをかくしやすいですよ(^^)



こんな感じでした。


 

2011年6月23日 宮田 | ヘアアレンジ 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.23 忘れないように

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幻想的な美しさを感じる棚田の写真。岩永です。



被災地の状況。

子どもたちが置かれた環境。

支援する側の葛藤。

そして、震災の被害や影響がいかに個別かつ具体的であるのか。


忘れてしまわないようにしよう。




『瑠奈チャン 2011-03-23 』
(被災地で活動した看護師さんのブログ「JKTS」から)




寝泊まりをした体育館で

たった三日間でかわいいお友達が出来ました。


血圧測定や点滴に走り回る私のあとを小走りについてくる

人懐っこい6歳のかわいい女の子、瑠奈チャン。


マスクが大嫌いな子だったので

マスクに全然似てないキティちゃんを書いてあげたら気に入ってくれたのが

きっかけだったのかな。


夜の体育館は本当に寒いので頼るのは薄い毛布と人肌。


私の医療チームは男ばっかりだから人肌に頼ることも出来ず毎日入り口付近で

すきま風と戦っていました。


電気が復旧していなかった広い体育館は例えるなら洞窟みたいでした。


ストーブも消され冷えきった真っ暗な空間。


頻繁な余震。


1人だったらどんなに怖くて心細いか。


たくさんの避難されているかたが集まっているからこんな暗闇でも

朝を待つ気力に変えられるのだろうと心底思いました。


真っ暗な夜中の体育館の

寝息の中に

もちろんすすり泣きの声も聞こえています。


不安なのかな、

家族や友達と会えていないのかな、

考え出すときりがないし

私は1週間程度だけど

ここにいるみんなはこれがいつまで続くんだろうと思うと暗闇の体育館は洞窟どころか

出口の見えないトンネルのようにも思えました。


寒くて眠れないけど、そろそろ寝ないと不眠不休で倒れてしまいそう

ここで倒れて足手まといになったら来た意味がないと寝返りをうっていたら

瑠奈チャンが「お姉ちゃん!」とどこからか毛布を持ってやってきて

ぴったり横にくっついてきました。


「瑠奈チャンも眠れないの?」と聞いたら元気よく頷いていたので

抱き寄せるとめちゃめちゃあったかい瑠奈チャン。


「お姉ちゃん、好きな人いる?」

と瑠奈チャンに聞かれたので

「いるよ!」と言ったら

「どんな人?」って

「おヒゲがはえてる人だよ(笑)」と分かりやすいように教えてあげたら

「サンタさん??」と。


かわいいなぁと思いながら

「そうだね、サンタさんみたいな人だね」

と、頭をなでなでしながら話すと

「また冬になったらサンタさん来てくれるかな?」

とニコニコした笑顔。


やっと笑顔が見れて嬉しくなって

「瑠奈チャンいい子だからまたサンタさん来てくれるよ!」

と言ってしまった私。


でも「瑠奈チャンね、おうちなくなっちゃったけどサンタさん、

瑠奈チャンちがないからプレゼント持って帰ってしまわないように

お姉ちゃんから言っておいて」

と言われて、ごめんねって思いながらぎゅっと抱き締めてしまいました・・・


「瑠奈チャン、なにが欲しい?」

の私の質問に

「おうちとママ」

いつも一緒にいるのが母親かと思っていたけど

次の日、それは叔母さんということが分かりました。


瑠奈チャンのお母さんも被災され、あんなにかわいい瑠奈チャンを残して

瓦礫の下から変わり果てた姿で見つかったそうです。


瑠奈チャンは幼稚園にいて救出されたけど

お母さんは瑠奈チャンが大事にしていたお人形や絵本の入ったリュックを

抱えて亡くなっていたそうです。


まだまだ小さな瑠奈チャンはお母さんが恋しくていつも私にくっついて寝ていたのかな。


別の避難所と救護所に移動のためにいつも寝ていた体育館を去るとき

瑠奈チャンが私と別れることに対して声をあげて泣いていました。


お母さんと悲しい別れをしたばかりなのに、傷は癒えてないのに、また

別の形だけど人と別れる悲しみを味わせてしまった・・・


また会おうって言っても

お手紙を書きたくてももう瑠奈チャンには住所がない

でも、きっとまた復興したら必ず会いに行く約束をして体育館を離れました。


この震災を忘れずに

強くて優しい女性になってほしい。


どうかこれから進む道が明るくて幸せであるように。


リーダーナースとの泣かない約束はあっけなく破られ

手を振る瑠奈チャンを見ながら、車の中でずっと泣いていました。


なんでこんなことになったんだろうと悔しさをどこにぶつけていいか分からず

次の支援施設、救急病院へ向かいました。


みんなに笑顔と元気を届けに来たのに、瑠奈チャンを泣かせてしまって。


私のここにいる意味は何だろうとも思っていました。




 

2011年6月23日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.23 影響された

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みやた です(*^^*)


新しく引越す先輩に影響されて、とりあえず模様替えをしてみました。

広い部屋ではないし、クローゼットも広くないからちょっと困ってます。

なので、私なりに広く見えるように考えてみました。




汗だくで。


2011年6月23日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.22 モヒカンについて

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外国人がレゴで作ったジブリ作品「宮崎トピア」が秀逸。岩永です。



以前にも書いた堀江貴文氏の「収監」についてのことであります。


堀江氏が正しいとか言っているのではなく、好き嫌いの問題でもなく、

その背景にあるものが気持ち悪いし、感情論ではいろいろと見えにくくなるのではと。


かなり深い「病み」があるようで、なんだかとても恐ろしく感じるワケです。


コレはヤバイなと、僕はけっこう思うのです。




『堀江氏の「収監報道」について』(脇田栄一)




ホリエモンこと堀江貴文氏が、モヒカンで東京高検に出頭した様子がちょっとした波紋を呼んだらしい。



ワイドショーレベルのコメントだと、モヒカンが似合わないとか、やはりその程度の評論しかできないようだ。



堀江氏はダイエットや読書等、刑務所内での過ごし方を語り、

「反省や後悔ばかりを考えるのは良くない」

と語ったという。



この発言をTVレベルでは、

「不謹慎」

と評価をし、

「自分の事しか考えていない」「スター気取り」

などと報道したらしい。

 
要するに、TVマスコミの論評など所詮そんなもので、その辺のオバサン達(失礼)が集まって話しているような事しか言っていない事になる。



周知の通りTVマスコミは「見た目の印象」だけを採り上げ、その背後にある事実の追及という本来の役割を全く果たしていない。

事実や人権無視の中傷攻撃は、TVマスコミの「唯一の取り柄」になる。


なぜ、

「罪状と量刑が不適合なので、判決に対する徹底抗戦(堀江氏)なのではないか」

というマトモなコメントが聞けないのか? 「モヒカン」にしても友人から勧められて後悔している、といった事実は一部の報道からしか拾えない状態だ。



Tシャツの中にあった企業名の数々は、堀江氏より「重刑」に当たる企業名が連なっており、尚且つ、それら企業を差し引いたとしても、彼の行為が本当に「2年6月」という実刑に当たるのか? 

「判決に対する敬意が欠けている」

といったコメントも目にした訳だが、彼自身が冤罪だと思っている判決に対して、彼が敬意を払うはずも無い。


彼自身が判決を不服とし、今現在も徹底抗戦と言っている訳であって、受刑生活を「ダイエット」に充てるのは、

「歪んだ司法」

に対する彼自身の当て付けだ。



TVマスコミは、通行人の「スター気取り」なんてコメントを取り上げて、視聴者をどこへリードしようとしているのか? 
相変わらず重要部分に言及せずに、髪型がどうのとか痛々しいとかバカな事ばかり言っている。



「感情優先の司法」

に対する、敢えてフザけたパフォーマンスと報道するメディアはいないのか?



自分が言いたいのは、社会に影響力のある人物だからこそ客観的に評価しろ、というものだ。 
日本は法治国家。

最近も冤罪事件が社会問題になっている。 

歪んだ司法を糾弾する姿勢の方がよほど重要だろう。

受刑者自身が自分なりのパフォーマンスでそれを示した、という事になる。





2011年6月22日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.21 明るいニュース

 

30秒で首が超ラクになるストレッチ。岩永です。

 

 

自分以外の「誰かのため」に戦い、

勝てないまでも、


「せめて負ける姿だけは見せまい」


という気持でチームが一つになったベガルタ仙台。


この姿は、サッカーだけじゃなく、生きる上での大切な心構えを教えてくれる。


やはり、誰がのために戦う人は強い。




『「負けない」ベガルタ仙台の戦いぶりは、サッカーには戦力を補う"何か"があることを教えてくれる』

(ダイヤモンドオンライン)




もはや伝説になりつつある、といっていいのではないだろうか。

開幕以来、無敗を続けているJ1・ベガルタ仙台である。



ベガルタは昨年、7シーズンぶりにJ1に復帰したが、10勝15敗9分と負け越し、順位は18チーム中14位。

最終節までJ1残留争いを続ける苦労を味わった。

今季はそれなりに選手を補強して臨んだが、クラブの社長が掲げた目標は「ひとケタ順位」。

残留争いでハラハラしなくて済むよう10位以内には入る成績を収めてくれ、ということだ。

弱さを自覚し、段階を経てレベルアップしていこうとしているチームなのである。



そして、大地震と津波が仙台を襲った。

ホームのユアテックスタジアムは損傷が激しく立ち入り禁止になり、クラブハウスも半壊した。

自宅が壊れるなど被災した選手もいた。

物資不足から食事も満足に摂れなかった選手もいたようで、報道によればベガルタ唯一の現日本代表・関口訓充はカップ麺で数日をしのいだという。



Jリーグはこの非常事態を受けて、試合をしばらく中止することを決定した。

地震の被害を受けていない他の地域のクラブは練習を継続できるが、ベガルタの選手はとてもサッカーどころではなかった。

震災後、ほとんどの選手は自宅で悶々とした日々を送っていたようだ。



震災から2週間以上経った3月28日にチームは再集合したが、時間は練習よりもボランティア活動に充てられたという。

被害が大きかった若林区や石巻市などに出向き、避難所への物資の運搬、壊れた家屋の片づけ、がれきの運びだし、子どもたちを元気づけるためのサッカー交流などを行った。



昨季はギリギリでJ1残留を決めたように、チームにJ1で安定した成績を残す地力はない。

そのうえ万全の準備ができず、頼みにしていたエース(マルキーニョス)もいなくなった。

ないないづくしでベガルタはJリーグ再開の4月23日を迎えたのである。



筆者は今季のベガルタの試合をまだスタジアムで観ていないが、中継録画を観た印象では守りでも攻撃でも全員が連動している。

いいところを見せてやろうと個人プレーに走る選手もいなければ、誰かに頼ろうというプレーも見られない。

勝利という目的のために、各ポジションの選手がやるべきことを精一杯やっているという感じなのだ。



ベガルタの選手は震災後、再集合してまずボランティア活動をした。

被災地の惨状を目の当たりにし、つらい状況にある被災者とも接した。

選手は被災者と悲しみを共有したのだ。

地元仙台、広くみれば東北の人たちに支えられているクラブに所属するプロサッカー選手として何ができるか。

そんな経験を通して、自分の存在理由を考えたに違いない。



そして、できることはプレーで地元を元気づけることだと結論を出したはずだ。

そのために最もいいのは勝つことだが、もし勝てなくても、負けるところは見せたくないと強く思ったのではないだろうか。



メディアが

「負けないベガルタ仙台」

に注目するようになってからは、さらにその意識が強くなったようだ。

18日の新潟戦は震災から100日目に当たる。

試合終了間際に同点ゴールを決めた菅井は

「震災100日目の試合で被災者に負ける姿を見せたくなかった」

と語った。

このコメントに今のベガルタの選手たちの気持ちが表れている。



またサポーターも以前にも増して熱い応援で選手を支えている。

ベガルタは熱心なサポーターが多いクラブだ。

ベガルタがJ2で戦っていた04年から09年までの6年間はいずれもリーグナンバー1の観客動員を記録した。

J2の1試合当たりの平均観客動員は6000人から7000人だ。

そんな中、ベガルタだけは倍以上の1万4000人あまりを動員していた。

このサポーターたちが、被災した地元の象徴として「負けない」試合を続けている選手を後押ししている。

サポーターも選手と心をひとつにしているのだ。



今後ベガルタが無敗を続けることはまず不可能だ。

無敗記録はいつか途切れるだろう。

が、明るい話題の少ない今、スポーツのジャンルを超えて、こんな伝説が生まれるのも悪くない。



 

2011年6月21日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.21 ヘルプ

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みやた です(*^^*)

今日の休みはと言いますと、


先輩の引越しの手伝いを少ししました。私の住んでる所の近くになるんですよ(^^)
本当は、お醤油ちょっとかしてー って言いに行けるぐらいのご近所を狙ってましたが、現実は自転車で5分弱ってところでしょうか。



でも十分(*^^*)


今日は買い物へ、
家のものをどんどん買い揃えて行くのは見てるだけで楽しい。



今日は暑かったので、休憩で買ったスタバのホワイトモカを一気飲みしてしまいました(*^^*)


そんな一日。




次は私の歯ブラシを置きに行かないと。


2011年6月21日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.20 さようならば

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100%岩永です。



スヌーザーが終わる。


僕にとってそれは一大事なわけです。

書き始めると、なんだか意味不明なものになってしまった。


そして残念なコトに、コレが素の僕なワケです。。



「俺的愛読書No.1」

である音楽誌『snoozer』が終わった。


僕が大切にしているコトの全てが詰まっていると言ってもイイ、


[『snoozer』(サブタイトル「全てのブルーにこんがらがったboys & girrs 達へ」)]


が終わった。



ハタチで出会った


『snoozer』・「スヌーザー」(居眠り野郎)


という雑誌のタイトルには、


「俺たちはいろんな現実から目を逸らして、惰眠を貪ってるんだ」


という自己認識と、

「覚醒しろ、闘え!」

ってマッチョに言われても、


「ノー・サンキュー、俺たちは居眠りしてるよ」


というストラグル(もがき)の中での、二つの葛藤が込められている。



僕は音楽を愛していた。

勿論、今も愛している。

イヤ、そんな自分を愛していたのか。。


また、そんな愛すべき音楽を、好き勝手に批評するスヌーザーの編集長・田中宗一郎(タナソウ)が大好きだった。



タナソウほどの思考センスを持った人を、僕は他に知らない。



タナソウほど、


「子供のような心を持ったリアリストな大人」


に、僕は出会ったコトがない。



スヌーザーには全てがあった。


音楽だけじゃなかった、

初めて目にする事実や、価値基準があった。


大切なコトは、全てスヌーザーが教えてくれた。



そんなスヌーザーが終わってしまうのは、あまりに現実的な理由であった。



音楽誌というのは、レコード会社から広告料を貰って成り立っている。

だから、本当に書きたいコトが書けない。


でもスヌーザーは違った。


書き手の「誇り」と「尊厳」が削がれるようなことは、一度たりとも無かった。

「産業」にも、「大衆性」にも呑み込まれることは決して無かった。



しかし、スヌーザーは現実的な「経済」に敗北した。


「このままでは、作りたくない雑誌を作ってしまいそうなのでいったんここでやめる。ゴメンね。」


という敗北宣言をした。



でも、僕には勝利宣言に思えた。

スヌーザーの終わりは、勝利宣言であり、


「徐々に色褪せるくらいなら、燃え尽きる方がずっとイイ。」


そんな強烈なダイイングメッセージであり、

全ての腐敗に対するカウンターパンチであり、


「終わり」が作る「始まり」なんだ。


もっとイイ本を作るために、今は終わるだけだ。



スヌーザーが示そうとしていたアイデンティティとは、


「この先、好転するかどうか分からない世界で、

人が前に進むための原動力となるのは、

叶わないかもしれないけど、自分の尊厳と誇りを失わずに、

それでも諦めずに、

自分自身の役割をまっとうしようとするコトじゃないか?」


「ちゃんと前見てるの?目逸らしてんじゃないの?」


という問いかけであったのだと思う。



そんなアイデンティティに僕自身もリンクしていったワケで、

そしてそれは今も変わらない。


スヌーザーはどんな時も、


「ティーンエイジャーが夢見るようなバカらしいことを、超オトナ的な、リアルな思考で、マジで実現してやろうぜ!」


というボーイズ アンド ガールズの切なる思いを、裏切ることは決して無かった。


ホントに、本当に感謝してる。

裏切らないでいてくれて、ホントにありがとう。



タナソウがそうであるように、

僕も、

「子供みたいなこと言う超リアリストなオトナ」

でありたいと思う。



「この幼稚な気持ちが、どうか永遠でありますように…」



ほんとうは、まだまだ書き足りない。

もっともっと、いろんな思いがある。


でもこの辺で終わりとします。



最後に、創刊時の読者にしか分からない、懐かしい挨拶で締めます。

そう、ピート・タウンゼントのあの言葉。



『あなたがリアルでありますように、あなたが優しくありますように、さもなきゃ、俺の目の前から消え失せちまえ!』




2011年6月20日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.06.19 そんな日曜の夜

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みやた です。


今日は妹と、レイトショーで さや侍 を観にいこうと思っていたのに間に合いませんでした( ; ; )


しょうがなく、焼きイモを買って家で食べるはめに。

焼きイモってなかなかお目にかかる機会がないけど、よかった(*^^*)


そして DVD借りまぁす。こんな日曜もいいか。


2011年6月19日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.19 世界一の別れの言葉

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あり得ない心霊写真(いい写真が見つからなかったもんで… )岩永です。




「さようなら」は「そうならねばならないならば」


別れを静かに引き受け、新たな一歩を踏み出す再スタートとしての、

「さようなら」


「サヨナラ」ほど美しい別れの言葉を私はしらない。




『被災者の再スタートは「さよなら」という日本人の原発想 「震災と日本人」』




「津波の被害に遭った木造2階建ての自宅は解体することに決めた。

もうすぐ壊される予定で、

『これで何もかもなくなった』

と見届けてから仕事探しなどの再スタートを切りたい。

中学2年生の娘もいる。

どうやって収入を得ていくかが気がかりだ」

(朝日新聞「いま伝えたい 被災者の声」2011年6月2日)



ところで、

「『これで何もかもなくなった』と見届けてから仕事探しなどの再スタートを切りたい」

という考え方には、日本人の

「さらば」「さようなら」

というあいさつの原発想をうかがうことができる。

「さらば」「さようなら」

とは、もともとは、

「さあらば」「さようならば」

という意味の接続詞であったものが、別れ言葉として自立して使われるようになったものである。

そこには、別れに際して、

「さようならば」

と、いったん立ちどまり、何ごとかを確認することによって、次のことに進んで行こうとする日本人の独特な発想がひそんでいる。



『平家物語』の最終部に、平知盛の

「見るべき程の事は見つ」

という有名な言葉があるが、それはまさにこの

「さようならば」

ということである。

知盛の場合には、平家の侍大将としての立場からこのあと自害という行動をとってしまうのであるが、それは、次へのあらたな一歩を踏み出す再スタートの言葉と考えることもできる。



そこで何を見、確認しているのかといえば、(むろんいつも意識的にそうしているわけではないが)、まず一つは、自分がそれまでやってきたことを自分なりに総括・確認するということである。

知盛は、これでよし、この戦いはこれでお終いだ、と自分のやってきたことにけじめをつけることで次の行動に移ることができた。



もう一つは、そうなるにあたっては、自分にもどうにもならなかった不可抗・不可避なこともあったわけで、そのことの確認でもある。


『「サヨナラ」ほど美しい別れの言葉を知らない』


と言ったアメリカの作家、アン・リンドバーグは、世の中には出会いや別れをふくめて自分の力だけではどうにもならないことがあるが、日本人は、それをそれとして静かに引き受け、

「そうならねばならないならば」

という意味で

「サヨナラ」

と言っているのだと解釈している。



そこには、それまでのことを確認・承認することによって、その先どうなるかは問わないままに、何らかのかたちで未来に繋がりうるという、そうした期待と願いが込められている。

「さようなら(ば)」

というあいさつには、そうした大事な含意がある。



原発や復興対策の遅れなど、現実のおかれているきびしい現状を承知のうえで、なお、われわれの根底に流れてきている、こうした

「遠い遠い祖先からの遺伝的記憶」

からの知恵と願いとを信じたいと思う。(竹内整一)





2011年6月19日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.19 なう。

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みやた です♪(´ε` )


ココ2日、朝練してます。今日はさおりんもいっしょ。


朝練後の朝ごはんは格別です。
起きる時だけしんどいけど やってしまえばこっちのがスッキリするかもと と、思ってるところです。


スッキリするためにやってるわけではないですけどね。目的は履き違えてません(^_-)

 

2011年6月19日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.18 情報メタボって

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カヴィール砂漠の神秘的な衛星写真。岩永です。



情報源をインターネットに頼りすぎると、偏りが出てしまうと。

そして、情報の偏りは見た目には分からないので、誰も注意してくれないし、自分でも気付かないと。


なるほどー!


って、イヤイヤ、自分では気付くよ、普通。


そして、与えられた情報を鵜呑みにするよりは、それにプラスして、

情報の海の中で、自分のフィルターにかけた情報を拾い上げる方がイイように思うんだが。。




『無分別のインターネットは、情報メタボにまっしぐら』




情報メディアを料理にたとえるなら、インターネットはまさにバイキング料理。

出所も価値観もさまざまの情報が、ほとんど無尽蔵に積み上げられた、情報を選びたい放題・むさぼりたい放題の場です。

ところが、レストランでバイキング料理をいただく時とは違って、インターネットで情報を取捨選択する際には、多くの人は『偏食』にあまり注意を払わないのではないでしょうか。



しかも、たまにしか食べに行かないバイキング料理とは異なり、インターネットという

『情報のバイキング』

は、ほとんど毎日摂取するものです。

偏った情報の仕入れ方を、年余にわたって繰り返していれば、相当の偏りが生じる筈。

そのうえ、インターネットは普通、一人でディスプレイに向かい合ってやるものですから、

「お前、インターネットの情報摂取が偏りまくってるよ」

とは誰も注意してくれません。



ネット上には、旧来の情報メディア ーー テレビや新聞などを

「マスゴミ」

呼ばわりして、インターネットをこそ頼れる情報源とみなしている人を時々見かけます。



しかし、インターネット上で著しく偏った情報摂取に明け暮れるのに比べれば、テレビや新聞などといった旧来からのメディアに頼るほうが情報摂取のバランスがとりやすいかもしれません。



こう考えると、インターネットは、自分自身の情報摂取の偏りに陥りやすい、特定の情報ばかりタプタプと溜め込みやすい、意外と厄介な情報ツール、と思わずにいられません。



自分にとって気持ち良い情報・安心しやすい情報ばかりを、砂糖菓子よろしく毎日毎日摂取しつづけ、好みではない情報を片っ端からシャットダウンしてまわっているようなネットライフの人が、それでも視野が偏らずに済むとしたら、そりゃ奇跡としかいえません。

インターネット以外の情報メディアを小馬鹿にし、専らネット頼りの人の場合は、とりわけそうでしょう。

しかも、身体のメタボリック症候群とは違って、

「俺、最近メタボって来たかな?」

と鏡の前で自覚するのは至難の業です。



昔、

「嘘を嘘と見抜けない人にはインターネットは難しい」

と言った人がいましたが、私は

「自分の意志や能力で、情報摂取や視野の偏りを自覚できない人には、インターネットが難しい」

とも思います。




2011年6月18日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.17 自分を追い詰めてはいけない

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チョット書く事が無い。。岩永です。


自分を追い込むのは良くないというお話。


自分が追い込まれる前になんとかしとこう。


強制的に何かをするのは誰だってツライ。


だから、追い込まれないように、常に準備をしておくことが大事だと思う。



でもまぁ、追い込むことで見えてくるものも、やっぱりあると思うんだけど。。




『「自分を追い詰めてがんばる」のが良くない4つの理由』




自分は、追い詰めないと、動けないタイプ。

だから、いつも仕方なく、自分を追い詰めてがんばっているけれど、その割に、物ごとがうまくいっていない。

ツライだけで損した気分。

 
生きていると、こういうパターンによくぶつかる。
 
真面目な人や、頑張り屋の人は、よくこうなってしまうかもしれない。

 
また、人を動かすために、プレッシャーをあたえて追い詰める人もいるかもしれない。

勉強しない子どもや、会社の部下、旦那や奥さん、彼氏や彼女など。

 
しかし、こういうパターンも、得てしてうまくいくことはない。

 
「追い詰めて」何かを達成することはできないようになっている。
 
その理由が次の4つだ。



[1.追い詰められてやった行動は、つづかないようになっている]



追い込まれると、「痛み」がどんどん増して生きます。

はじめはこの「痛みから逃れようとする気持ち」によって、たしかに行動は起こされることでしょう。

 
しかし、行動をしはじめて、それがうまくいき、追い込まれた状況が解消されてくると、「痛み」がなくなってしまします。

ここで、「痛みからさける」というモチベーションはなくなってしまい、気がゆるみ、そこで行動は終わってしまうのです。



[2.追い詰められると、目的がブレはじめる]



追い詰められると、知らぬ間に目的がすり替わりはじめます。

「こんなに、忙しい状況でやっている私ってカッコイイ」


たしかに追い込まれて行動はしているかもしれませんが、目的がブレはじめた状況では、ツメが甘くなり、良い結果を残すことはむずかしい。



[3.追い詰められると、自律神経が乱れる]



私たちは、とくに意識をしなくても自動的に、血を流したり、呼吸をしたり、消化したりできるのはどうしてなのでしょうか?
 
それは、「自律神経」とよばれる体のシステムが、しっかり働いているからです。


しかし、心が追い詰められて、緊張したり、ストレスがたまってきたりすると、この自律神経のバランスが乱れて、ちゃんと働かなくなってしまうのです。



[4.追い詰められると、自信がなくなっていく]



一番、自分を追い詰めてはいけない理由は「追い詰めることよって、人生はツラくなる」ということだ。
 
「いや!そんなことはない。俺は自分で自分を追い込んで日々、向上している!!」
 
という人もいるだろう。

 
心理学者のチャック・スペザーノ博士はいった。
 
「自分を追い込む人の深層心理には、『私は無価値だ』だという惨めな気持ちがある」





2011年6月17日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.16 打ち合わせ

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みやた です(*^^*)


実は密かな取り組みを実行しようとしています。


何かというと、、



夏にあるフォトフェスに参加することにしました。
最近おなじみの、北畑さんにご協力願い、実現しようとしてます。

私は、カメラは全くの素人で今日の打ち合わせの時も、ド素人さを丸出ししていたところです。


撮り方の変化っておもしろいな。

モデルさんも決まりましたし、いい作品をつくります。




 

2011年6月16日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.16 幸福度世界一のブータン

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とってオシャレな卵黄分離器。岩永です。



幸福度世界一といわれるブータン。


しかし、ブータンものんびりだけしていられるワケでもない。(むしろキレやすい国民性なのだそう)


経済発展とは無縁に思えるブータンだが、やはり幸福と経済は切っても切れない関係なのだと。


そして結局のところ、価値基準の落とし所なんじゃないだろうかと。




『お金は「幸せな国」の一要素です(まとめ)』



ブータンは、GDP(国内総生産)ではなくGNH(国民総幸福度)の最大化を目指すことを国のビジョンとして掲げています。

GNHという概念は、1972年にブータンの先代国王が提唱し、以来、ブータンの国づくりの柱になっています。


今、先進国の多くの人にとって、ブータンは、まるで

「みんなが幸せな、夢の国」

のように語られることがあります。



しかし、ブータンにも、貧困、格差社会、他国への経済依存などがあり、決して「夢の国」ではないと。



そうした現実問題を抱えながらもブータン政府は

「国民の幸せを一番に考えた政治をするんだ」

というビジョンを掲げ、日々手探りで国作りをしている。



ブータンの人々も人間なので、時には嫌なこともあり、ネガティブになったりもしますが、

「まぁ細かいことを挙げたらいろいろあるけれど、結局のところ、幸せだよね」

と言えてしまう。



ただ多くの人が誤解しているのが、

「ブータンは、社会経済発展や近代化をしないで、昔ながらの生活を守ろうとしているんだよね」

といったイメージです。


確かにブータンは昔の日本のような風景が広がっているとても21世紀とは思えない国です。

しかし、経済成長を否定しているワケではないのだと。



国民の幸福度を高めるには、経済成長は必然なのだと。



例えばブータンでは、医療も教育も無償で提供されています。

ヒマラヤに位置し、山に挟まれ孤立した村も多くあるブータンにおいて、より多くの国民が医療と教育にアクセスできるよう、病院・学校の数を増やし、また、道路も整備しようとしています。

また、国民の23%が「貧困線」以下の生活をしていましたが、コレを15%まで引き下げることを目標にしています。

 
国民の幸せを目指した国づくりにも、やはり、お金はかかると。



しかし、ブータンの財源の3割は他国からの援助に頼っているのが現状だそうです。



そこで政府が「産業育成」「経済自立」と言っても、

「そんなに毎日遅くまで働けないよー」

「家族との時間がしっかり持てないと、幸せじゃなくなっちゃう」

「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」

と、のんびりした空気が漂います。


だから政府の計画は全然進まない。。



そんなジレンマを抱えている産業育成を担当する長官に、


「いっそのこと、経済的に自立しない、寄付に頼って生きる国になる。というのはどうか?」


と質問したところ、ふだん物腰の柔らかい長官は、このときばかりは強い口調でキッパリと言いました。


「それはあり得ない。

ブータンは、自分の足で立てるようにならなければいけないんだ。

自分の子どもを育てることを想像してみるといい。

本当に、その子に幸せな人生を送ってもらいたいと思ったら、将来自分で仕事をして生活していけるように育てようと思うだろう。

国だって、同じなんだ。

ブータンの国民の幸せのことを考えたら、ブータンが国として、自分の足で立てるようにすることを、僕たちは考えなくちゃいけないんだ」





2011年6月16日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.15 買ったーー

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みやた です。


シリコンスチーマー買いましたよ。

驚きの簡単さです。野菜や魚やキノコ、お肉なんでも切って調味料入れるだけで出来上がり。
ゴハンとパスタも出来るらしいです。


帰宅時間遅くなってもコレなら出来るかな。


使うの楽しみだなー♪(´ε` )


2011年6月15日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.15 正解のない人生をどう生きるか

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1930年頃のファッションデザイナーが予想した「2000年の流行ファッション」。まぁ、ガガっぽいかな。岩永です。



今日は、以前3年ほど一緒に仕事させて頂いた恩師に来店して頂きました。


いや、緊張しましたねぇ。。


本当に厳しい方でしたが、その分本当に多くのコトを学びました。


苦手とか、やりたいことじゃないとか、そんなもん関係ない、とにかくやれと。


そんなプレッシャーの中で3年間を過ごしました。


勿論、辛いと思ったことは数え切れない。


でも今は僕もこう思います、


「取り敢えずやってから言え」


やりたいことを必死になって探すよりも、まず目の前のことをやってから言えと。




『正解のない人生を生きるということ・これからの日本と世界』(アゴラブログ)




日本の若者のあいだでは

「やりたいことが見つからない症候群」

というものが、未だに蔓延しているらしい。

3、4年前にとある音楽評論家が人気バンド・ミスター・チルドレンを

「自分を探して、15年。いまだ、見つからず」

と評していたことを懐かしく思い出す。



音楽をやって、日本でトップバンドになっても、まだ探したいものは見つからないのだから、ただ何も考えずに他人の真似をして生きても何も見つからないだろう。



「何か」が自分の人生を変えてくれるという当てのない希望、それがこの病気の根本的な原因のような気がする。

自分を完全に満たしてくれる何かなんて、そもそも本当にあるのか?

完全に満たされた人生なんてものは幻想で、結局は人生、「そこそこうまくいけば、めっけもの」ではないのかと思う。



もし、自分が

「あなたが本当にやりたいことは何か?」

と訊かれたら、答えられないだろう。

その時々に自分がベストと思う決断を下すことにしか興味はない。

これからやることよりも、今何が出来るかを考えたい。



今、日本を変えたいとか世界を変えたいとか一ミクロンも思わないが、自分が死んだ後には、一ミクロンくらいはより良い世界を残したいと思う。



本当にやりたいことが見つかったと仮定して、それに心底打ち込んで、すべてを注ぎ込んで、何かを成し遂げたとする。

それは本当に素晴らしいことだと思う。

でも、ただそのような人生だけが、成功した人生というわけではない。



誰もが血反吐を吐くまで走り込んで今では世界一のサッカークラブ・インテルでプレーするようになった長友佑都選手のようになれないし、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのようになるのはほとんど不可能に近い。

だからと言って、それ以外の生き方が失敗かというと、そうではない。



「いい大学に入って、いい会社に入れば幸せな人生」

というロールモデルが崩れた今、日本もようやく多様な価値観を認める下地が出来つつある。

本当にやりたいことなんて見つけられなくていい。

ただ常に「何か」をやり続けることが一番重要だ。

人生に正解はない。

より正解に近い無数の回答があるだけだ。

それを正解とするか否かは、自分自身で決めればいいのでは?




2011年6月15日 岩永 | 岩永 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.06.15 ミーティング

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みやた です。


今日は営業後、今年の目標の見直しミーティングでした。


1月にたてた12月までの目標の進み具合を確かめて、直した方がいいところは訂正して 手段や方法などはどうかというのをやっていました。

6月15日ということでちょうど折り返し地点です。
月末までの目標もさらに明確になり、気合いも入りました。


明日からもどうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m


2011年6月15日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.14 村上春樹様へ

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壁一面にお札を貼り付けたアート作品「10万ドルの部屋」。岩永です。

 

賛否の別れたカタルーニャでの村上春樹氏のスピーチ。

その村上氏へあるブロガーが寄せた投稿。


「長期的な脱原発」が、たぶん最も現実的な路線なのだと思う。


しかし、クリーンエネルギーへの転換が本当に人類が目指すべき道なのだろうか?

原発はホントに無くすべきなのだろうか?

すべての選択肢には負の面があることを認めないことこそが、現実逃避なのではないか?

「原発は非道徳」という現在の多くの流れに石を投じることも「義務」なのではないか?


「『恐れること』そのものを恐れよ」


あぁ、分からない、コレはホントに分からない。


今、私達には「混乱」こそが最も必要なモノなのかもしれない。



再びゼロからのスタート。
 



『村上春樹氏の手紙に代えてーー馬場正博』

(全文はこちらからhttp://news.livedoor.com/article/detail/5630620/




私たちは間違った道に迷いこんでしまったのでしょうか。

別の道は探さなければならないのでしょうか。

道が見つからなくても、せめて道を引き返すことが分別というものではないでしょうか。

原発事故という現実を目にして何もしないでいるほど私たちは愚かではいられません。



今は原発の存続を言うことの方が「夢想家」かもしれません。

避けられない危険、積み上がる放射性廃棄物、得られるものは多少の贅沢と快適さ、失うものは未来、何をもって私たちは原発を使い続けると言えるのか。



しかし、いや、だからこそ、私は原発の中に核兵器を見てしまう、原発を「過ちは繰り返しませんから」という誓いと祈りを台無しにする不道徳なものと考えている人々に「それは違う」と言うことも義務ではないかと思います。



人類文明はいつもエネルギーとともにありました。

火は人類をか弱いサルから地上最強の獣に変えました。

産業革命は石炭の利用から始まり、20世紀の文明と科学は石油と堅く結びついていました。

それは今でも続いています。



化石燃料が広範囲に利用されるまで、最大のエネルギー源は森の木でした。


森が失われるとともに多くの文明が消え去っていきました。

イースター島の巨大なモアイ像の群れは、かつてそこに存在した文明の生み出したものです。

閉ざされた小さな島での争いと森林資源の枯渇がその文明を滅ぼしてしまいました。



その中で「効率」への批判は危険な罠です。

効率を求める文明は戦争の悲惨さを拡大してきましたが、同時に医療を始めとした様々な文明の産物は人間の生活を向上させてきました。

人間にとって何が幸福かを決めるのはたやすいことではありません。

しかし、清潔で豊富な水の供給が伝染病を劇的に減らし、それが産業革命以降の電気やエネルギーの発達によって得られたものだということを見るだけでも文明の果たした役割を否定することはできないはずです。

世界を飛び回りネットを通じて誰とでも会話ができる。

人類文明が積み上げた高い塔の上に私たちはいます。



本当は文明に二つの顔があるのではありません。

文明を作り出し利用する人間に愚かさと賢さが同居しているのです。

人間の持つ愚かさを恐れるあまり、文明とその本質である効率性を否定することは賢い行いとは言えません。

人間は賢く文明を利用する力も与えられているのです。



原発を捨て去ってしまうことが、人類にとって賢い選択なのでしょうか。

結論を出す前にいくつかの現実を見つめ直すことが必要です。

それは負の側面を持っているのは原子力だけはなく他の文明、技術も同じだということです。



原発は発電量当りの死者の数では依然としてもっとも「安全」と言える電力です。

風力発電でさえ保守や倒壊で死者が皆無というわけにはいきません。

こんな算数をすることは狂気の沙汰でしょうか。

しかし、一度の原発事故が日本を人の住めない土地に変えたり、桁外れの死者を出したりするのでなければ、計算することすら不道徳とまでは言えないのではないでしょうか。



原発は核兵器ではありません。

原発を核兵器と同一視するのはトラックと戦車を同一視するのと同じです。

技術基盤は共通していても目的も性質もまったく別物です。

一方は安全性をできるだけ高めようとし、もう一方は殺戮力をできるだけ高めようとする。

似ているところはあるとしても違いは無視できるようなものではありません。



私は原発廃止を訴えることが「非現実的な夢想家」だとは思いません。

また、原発を支持し続けることが唯一の現実的な解だとも思いません。

現実的でないのは、すべての選択肢には負の面があることを認めないことだと思います。



人間の愚かしさには底知れないものがあります。

けれども賢さは最後は愚かさに勝ってきました。

いま私たちがいるのは人類の賢さのお陰です。

逆ではありません。

しかし、いつどんなところでも賢さが勝利を収めたわけではありません。

イースター島は違いました。

優れた文明や技術は失われ、残ったものは数分の一になった人口とモアイ像の群れだけでした。



原発は人間が生み出したものです。

悪魔の贈り物ではありません。

原発を作りだすことができた人類は原発をより安全なものに進歩させることもできるはずです。

原発事故は恐ろしい。

しかし恐れるあまりすべてを投げ出し選択肢の外に放り出してしまうことは賢いこととは思えません。

ルーズベルトが言ったように、

 

 

「わらわれが恐れなければならないのは、恐れることそのもの」

なのではないでしょうか。



 

2011年6月14日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.12 本日のパスタ

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みやた です。


キノコをいっぱい入れてカルボナーラ作りました。


そろそろパスタ屋さんにもなれるかな。





ぃゃ、、パスタ屋さんに怒られる。ごめんなさい。


今回は、
上に乗っけるポーチドエッグを電子レンジで作ってみたんですが、、、

見事に失敗。フォークを入れてもトローーってならないー


写真の感じからして固そうでしょ(*^^*)


電子レンジポーチドエッグを極めなければ。今月の目標とします。



2011年6月12日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.12 近道はないよ

 

スペースシャトル「エンデバー」からみた動画が美しい。岩永です。

 

 

 

フェイスブックの創設者、マーク・ザッカーバーグのスピーチ。



自分の好きな事を、信頼出来る仲間と、コツコツやれ、というお話。



『マーク・ザッカーバーグ、中学の卒業式でスピーチ「近道はないよ!」』




「ぼく自身、中学校の卒業式のことはあまり覚えていないね」とザック。

なんでも中学時代のことでよく覚えているのは海賊みたいに見える先生がいたことくらいだとか。

「きみたちも後で卒業式のことを振り返ってもたいしたことは覚えていないだろう。ともかく中学時代が楽しかったといいと思います」


ザックは「『できない』という言葉を使わないようにしよう」

と、そこから真面目な話に移った。

スティーブ・ジョブズの伝説的な自分が愛することをせよというスタンフォード大学の卒業式のスピーチの中学版だ。

彼が強調したのは次の3点。



・成功に近道はない 


Facebookのような会社やサービスを作るには自分はこれをやり抜けると信じることが大切だ。

やる価値がある物事というのは例外なく困難である。



・愛する人々との関係こそもっとも重要 


愛する人々との関係を育てることに集中せよ。

誰も一人では何もできない。

すばらしい友人が人生をすばらしく、意義あるものにする。



・自分が愛せることをせよ


自分が愛することをする限り、困難を乗り切る力が湧いてくるものだ。

自分が楽しめること、好きなことに対してなら、ずっとたやすく集中ができる。



ザッカーバーグは世界を変えるような事業を成功させるために重要なことを巧みに表現した。


「ある瞬間にすばらしいヒラメキがあって、以後すべてがうまくいくようになるなんてことはありません。

何年も何年も懸命に努力して仕事を続けねばなりません。

いやしくやる価値があるような物事はすべて大仕事なんです」



もっともちょっと皮肉だったのは、「近道はない」というセリフを言ったのが史上もっとも若いビリオネアだったことだ。


 

2011年6月12日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.11 土曜といえば

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みやた です。


毎週土曜日はブローレッスンの日です。

前の違うブローのレッスンを終了して、難易度アップした、新しいウィッグでのブローレッスンのはじまりです。


店長はたまに、通りすがりのブローアドバイスの人といった感じでアドバイスを言い捨てて去っていきます。


が、


ブローの先生も私がさせてもらってまーす。



さおりん がんばれー(^O^)/


2011年6月11日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.11 誰が悪いのですか?

 

村上春樹氏。賛否の吹き荒れる「原発批判」演説ノーカット。http://youtu.be/ZL-W7tX1Z-Y(スマートフォンではご覧になれないようです)岩永です。

 

 

6月2日のこのブログでご紹介した「ゆうだい君の手紙」 (http://www.anthem.bz/blog/2011/06/post-1160.html

 

このゆうだい君の書いた投書に対し、大人達が多くの回答を寄せています。

 

皆全力で正しいと信じることを答えている。

しかし、さまざまな意見が寄せられ、意見は割れています。

 

ならば、絶対的な『正解』はあるのか?

 

「よし、まずあなたの話を聞こう」 からのスタート!

 

 

 

『悪いのは東電ですか、政府ですか、それとも国民ですか。東電少年の「投書」で大激論』(現代ビジネス)

 

 

 

少年犯罪が続発したとき、「なぜ人を殺したらいけないのか」という子どもの問いに、大人が頭を悩ませたことがあった。

今回の問いは、それより難問かもしれない。日本を原発列島にしたのは誰なのか。

 

さて、このゆうだい君が投げかけた「東電だけを悪者にするのは無責任。

日本人全体に責任がある」という命題。大人たちに意見を聞いた。

 

まず、東電と並んで原発の危険性を見逃し続けてきた原子力安全・保安院の広報担当者が語る。

 

「よく勉強しているなと感心しました。

原発は彼が書いているように、東電という一電力会社が造ったわけではなく、日本も含む世界のエネルギー政策の要請で造られた。

電力会社はそれを実施したに過ぎません。

現在、過去のエネルギー資源問題から、文明論、地球温暖化にも触れ、原子力エネルギーなくして成立しない日々の暮らしまで冷静に考えている。

原発に反対する人は昔から、ずっと感情的に反対で、冷静に考えることがない。

それに比べても、この小学生はよく考えています」

 

彼らにしてみれば「国民みんなの責任」論は、自分たちの罪を軽くしてくれる免罪符。

さぞ心地よく響くだろう。強力な援軍を得た東電社員にも聞いた。

 

「自分の子どもが、この子のようなことを考えていてくれたら、本当に嬉しい。

東電社員としては、政府にも言いたいことがたくさんある。

でも、東電再建を担保に取られている以上、菅総理や政府に何も言えない。情けないですが、この子は我々の声を代弁してくれています」(中堅幹部)

 

東電社員がゆうだい君に救われた気持ちになるのは理解できるが、「原発は安全」と散々聞かされてきた挙げ句の今回の事故。

それで、あなたたち国民にも責任があると言われても釈然としないのもまた事実だろう。

 

ただし、保安院や東電のような関係者でなくとも、この投書の主張に賛同する声は少なくない。

 お茶の水女子大学名誉教授の藤原正彦氏は言う。

 

「少年が反論したという元のコラムも読みましたが、少年のほうが正しい。

東電にも責任はあるけれど、彼らは政府や保安院、安全委員会など国家の基準に沿ってやってきた。その意味では国にも責任がある。

しかし、一番責任があるのは国民です。原発はテロの危険性もあるし、他国では警察や軍が警備するのが常識。

そういう体制がないのは、国民の危機意識が低いからです。

だから、今回のような危機にも対応できない。

私はいずれ原発は全廃すべきだと考えていますが、ここ20,30年は苦渋の選択として安全をはかりながら、原発でつなぐしかない。

その間に他のエネルギーを研究する。

それが大人の考え方で、あのコラムのように東電だけがクロというようなオール・オア・ナッシングではいけないのです」

 

もちろん、一義的に東電が悪いという意見は多い。

「『国民みんな』が悪いというところが問題です。

今回の大事故の責任は、漫然と誤った原子力政策を進めてきた東電、そして政府にある。

それを明快にしないと、責任の所在が曖昧になる。

確かに都市生活者は、原発からの電力を購入し、電気料金を支払っています。

しかし、それは一社独占のため、原発からの送電はイヤだといっても選択の余地がないからです。

原発の電気を『使っている』のではなく、『使わされている』。同時に危険も押しつけられる。

さらに事故で国民の健康被害が出たら、増税や電力料金値上げで経済的負担まで押しつけようとする。

まったく悪質です。

この少年には、ずっと原発に反対していた人がいて、その声が無視されてきたこと、責任は東電と国にあること、原発がいかに危険なものであるかを教えてあげるべきでしょう」(ルポライター・鎌田慧氏)

 

 

原発推進派で、今回の事故でも当初から「冷静な対応を」と言い続けている大阪大学名誉教授の宮崎慶次氏の見方は、独特だ。

 

「(感心した様子で)少年は『父親が東電』と堂々と名乗っているんですねぇ。

私の息子が小学生のとき、担任が反原発的なお考えだったようで、授業で原発は危険だと言われた。

それで息子は、親父が原発を造っているといっていじめられたんですよ。

今回の事故の反省として、我々はリスクをきっちり研究してこなかった。

原発は国家の繁栄や文化的進歩のために必要ですが、今後は他の代替エネルギーにも力を入れていくべきでしょう。

責任? それは今まさに政府や対策本部が事故対策をやっているわけですし、事故の直接原因は大地震ですから・・・」

 

 

原発に反対する評論家の佐高信氏は、責任の定義そのものについて語った。

 

「責任というものには段階があって、戦争犯罪でもA級、B級と分けた。

今回の事故でも東電のトップは重い責任を負わなければなりませんが、一般社員の責任の重さはまた違う。

責任の腑分けをしなければなりません。

それをやらないから東電社員の子どもがいじめられるとか、とんでもないことが起こる。

誰かに全責任を負わせるのは日本的な考えですが、責任というものは、全責任か責任がまったくないかという、100とゼロでは分けられません。

東電だけでなく、政府や関連企業にも責任があるのに、少年の手紙ではそこが無視されていますね」

 

 

最後に、原子力安全委員会委員長代理などを歴任した原子力村の住人でありながら、事故後、真っ先に謝罪した大阪大学名誉教授の住田健二氏に聞いた。

 

「みんなが原発を容認したというのは、私たち推進派の言い分であり、反対している人たちは容認なんかしていない。

それは間違いありません。

少年が言うように、仮にみんなが原発を容認したとして、では今回の福島第一原発のような大事故を容認できるかといえば、たとえ原発を推進してきた人でも容認できるはずがない。

その後の対応にしても同様です。

リスク研究が足りなかったことは事実ですし、見通しが甘かったと言われれば、その通りです。

そのうえで、今回の事故について言えば、東電に責任がある。ここまで大きな事故になってしまったのは人災です。

対応が遅かったり、情報を出さなかったり、被害を受けた住民に対して土下座するだけでは済みません。

また、菅総理にしても、浜岡原発を突然停止してみたり、批判の矛先をかわすことに終始しているのはいただけません」

 

 

小学6年生のゆうだい君の投書を巡って、大人たちもまさに議論百出。

それだけ、この少年の投書が原発問題の本質を衝いていたことは間違いない。

だが、ゆうだい君には酷な話だけれど、大人たちの話では、「東電が悪い」という意見が多かった。

 

原発から吐き出される放射能で一番被害を受けるのは子どもたちだ。

だからこそ、将来、日本を支える子どもたちのために、原発なんか造るべきじゃないという大人たちもいる。

 

 

ゆうだい君、納得できないかもしれないが、そのときは編集部に反論を送ってくれればいい。

言ったこと、起こしてしまったことには責任を持つ。

東電だけじゃない、それが大人の社会のルールなんだ。

2011年6月11日 anthem(アンセム) | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.10 幸せの物差し

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(上の写真)うわぁぁ、これ寝返り打ったら死んじゃうよね。岩永です。



「幸せの物差し」の種類が日本には少ないと。

あまりピンとこないが、そう断言されるとそうなのかもしれない。

日本は幸せを感じにくい国なのではと。


なんか分かるような、分からないような。。


ただ確かに「幸せの物差し」は多いに越した事はないし。


僕は、自分を出来るだけ曲げずに一生生きれたら、かなりの幸せ、ですかね。


あ、だから、やたらめったら頑固なのか。。


ところで、みなさんの幸せはどこにありますか?



『オーストラリアのおっちゃんが教えてくれたこと』



「日本は、幸せのものさしの種類が少ない。」

男ならたくさん稼いで成功すること。
 
女ならお金持ちでイケメンでやさしい旦那さんをもらって子どもに恵まれること。
 
日本人の幸せは、大きく分けてその二つしかない。

 

そして、その二つのものさしで、自分を測っては、 

「わたしの人生ってイケてる!」

「俺の人生終わった...」

 と一喜一憂をしている。

 

これはあまり良くない状況かもしれない。

 
昔、オーストラリアに長期滞在したとき、
 
「日本に帰ったら、また現実がはじまる。帰りたくない」
 
と海辺で仲良くなったオッチャンに愚痴ったことがあります。

 

そしたら、オッチャンは、ビールを片手に
 
「元気だしな。幸せは一つじゃない。もっとたくさん種類がある」
 
と完全に酔っ払った状態で教えてくれました。

しかし、その言葉には真実味があって、とても胸に響きました。

 

そこから先は、英語だったので、あまり覚えていないけど、たぶん次のようなことを言われました。

「誰かが決めた幸せのものさしにハマらないからって、落ち込むな。幸せのものさしは、自由に決めて満足すればいい。」

 

目からウロコでした。
 

たしかにオーストラリアを見回すと、そうでした。
 
いろんな幸せな人がいました。

自給自足を楽しむのもアリ。

男が子育てを楽しむのもアリ。

ホームステイで世界中から子供招くのを生きがいにするのもアリ。

昼から浜辺でビールを飲むのもアリ。

会社を4時に終えて、そのあとサーフィンを楽しむのもアリ。

バーベキューを生きがいにするのもアリ。

 

日本でも、こういう人はいると思いますが、まわりから認められてなかったり、痛々しかったりします。

 

オーストラリア人は、それを心から楽しんでいる感じでした。
 
幸せのものさしを、みんながそれぞれ作って、尊重しあっている。

 

早く日本もそうなって欲しい。

壊れたものさしは捨てて、みんながそれぞれ作ってしまえばいいのに。

そうすればもっと、幸せになる人が増えるかもしれない。




2011年6月10日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.10 レッスン

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みやた です。


今日は、営業後にさおりんのカラーレッスンということで、カラーモデルさんに来ていただいております。

今、まさに最中です。


モデルさんの髪は明るめで前にされた色味はぬけている状態、、


今回は、色味を足して、少し落ち着かせるけど元の状態を利用しつつアッシュ系にしている といったところでしょうか。


私は離れて、カウンセリングの進め方と全体の雰囲気をみている感じです(^^)


そんな さおりんのカラーモデルさんをさせて頂くのも本日をもって終了致します(^^)

ご協力頂いた方々、本当にありがとうございました。


2011年6月10日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.10 荒れてる

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最近お肌が大荒れの みやた です。


肌荒れでまいってます。


早く寝るようにする努力、

糖分 脂分のかたより注意、

など。



大人ニキビと言われるものは顎辺りといった下の方にできるみたいですけど、

勿論、顎辺りは荒れてるけど、頬っぺた辺りとおでこまでもが荒れだしました。


大人になりきれていないということなのか、、

謎が深まるばかりです。


 

2011年6月10日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.09 否定とは大切なものを守ること

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芸術テロリスト「Banksy」のアート作品のセンスがヤバすぎる(http://umashika-news.jp/archives/51860218.html)。岩永です。



今日は「そんなの当たり前じゃん」というお話であるワケですが。


違う意見の人がいた時には「立ってる前提が違うのだな」と思って話を聞こうと。


ただ、皆が、

「確固たる前提に立って意見を述べている」

という前提というか、設定といいましょうか、そこに既に無理があるようにも感じるワケでして。。
 
 



『人は何か守るものができたとき、否定をするようになる気がした。』
 <304 Not Modified (通称「サンマルヨン」どうでもいいことを本気で考える場所)より。>



はてなブックマークのコメントで否定から入ってしまい、これはいけないと思い直して修正する。

そんなことが度々あるのですが、そんなときになんで否定しちゃったのかなーって思い直すと、そこに自分にとって大事な意見があって、それを守りたかったんだなって気付いたんですよ。


良く、

「相手を怒らせると、そこに相手にとって大事なものがある」

と言うけれど、そんなに怒らせてばかりいたらできる友達もできなくなってしまうでしょうし、そういうのは日常一緒にいる中で気づいていくことだと思います。

しかし、自分のことだったら自分自身がちょっとでも否定したり怒りを覚えた時になんでそう思ったのか考えることで、自分にとって大事なものが何か発見していくことができるでしょう。


今だったら、

「反原発」「原発推進」「がんばれ」

といったキーワードだけで怒ってしまう人もいるわけで、そういう人は自分がどうして(何を根拠に)そこに否定を覚えるようになったのかを振り返ってみてはいかがでしょう。

理想を言えば、それを文章にしてブログに挙げることで多くの人の目に判定してもらうことをオススメしますが。


「自分がどうしてそう思うようになったのか」

は、自分で分かることでそれを知ることは大切なのですが、否定をしたときにもう一つ、

「他人がどうしてそう思うようになったのか」

も考えるべきだと思うのです。


結果が違うってことは間違っているとは限らないんですね。

その道順を間違える人ってそんなにいません。

普通に論理的に辿れる結論が大半だと思っています。

では何が違うかと考えると、前提が違うんですね。

だから、相手が自分と違う結論にたどり着いたときに、相手の持っている「前提」が何かを考えるんです。

どうしてこの結論にたっているのだろう。


というわけで、次回はみなさんに否定されるようなエントリを書けたら良いなと思います。




 

2011年6月 9日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.08 本日のパスタ

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みやた です。


いきなりですが、今日は豚肉とキャベツのパスタにしました。

こんな感じです。写真ちょっと加工しすぎたかな。


あぁ、カフェで働いてみたいな

なんつって(^^)


2011年6月 8日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.08 忘却の病

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衝撃すぎるチリの火山噴火の写真。岩永です。



私達は「無かったことにしたい」のではないか?


「変わる」のではなく「戻ろう」としているのではないか?


それはつまり、復興への現実的なアクションというよりも、むしろ価値基準のことだ。


我々の価値基準はあの震災を機に、変化し、進化しようとしているのではなく、

再び退化を始めようとしているのではないか?


恐らく多くの人が心のどこかに感じとっていた今の空気に言及した良記事。




『忘却という名の病(プロデューサー・おちまさと)』



あれから3ヶ月。

あれからのあれとはもちろ3.11

『東日本大震災』

のことである。


しかし
今の日本は正直こう説明しなければもはや、

「あれからって何からだよ?」

と突っ込まれかねない空気を感しでしまう。


思えば、

衝撃映像のリピート。

余計な使命感によるデマの拡散。

境界なき不謹慎の地雷。

譲り合う被災地、奪い合う東京。

競い合うような義援金ランキング。

一億総似非放射性物質評論家状態。



それらは熱情のように燃え上がった。

かのように見えた。

しかし、現在はどうだろうか。

もはや、全ては3.10状態に
戻ろうとシフトチェンジしているかのように見える。


この事はあとで詳しく書こうと思う。


私は3月12日のブログから繰り返し、今回の大震災に最も必要なことは、

「継続」

であると書いて来た。


日本人は「続いてのニュース」に弱い。


瞬間的な正義感で、その場の感情を抑えることなく、ブログに地震や原発の情報や自分の気持ちを落ち着かせることを第一優先に書き綴ったり、咄嗟な勢いで駅前に募金に立ったりした影響力がある方々も、今ではもうブログも、

「続いてのニュース」

に話題は掻き消されている。



たった3ヶ月でである。

というか3ヶ月ももたない。


被災者の方々、避難所で暮らす方々。


など被災地ではあれから3ヶ月
厳しい現状は変わらない。


もしかしたら、悪化しているところだってあるはずだ。


「時間」=「改善」

ではなく

「時間」=「悪化」

という場合だってある。



今回は、被災という一言では語れない。


天災により家や家族、そして仕事までもが奪われただけでなく。


さらに人災により空気も水も電力もというインフラさえもが
遮断されてしまった方もいる。


それだけではない。


目の前に迫る今日の食糧や病気や排泄など、現実的な圧迫。


こうなることは3月11日の段階で想定内であり12日の原発事故により「長期戦」などという生易しい言葉では語れなくなり、

最重要課題は

『継続救済』

となった、はずだった。


こういうことを書くと

「そんな事を書いている暇があったら被災地に炊き出しに行け」

という空気もある。

その「救済」=「炊き出し」
という流れも画一化されない方がいいのではないのだろうか。


「炊き出し」は素晴らしい行為である。

しかし

「救済」=「炊き出し」

と画一化しすぎるのは「継続」を主軸にする場合論点がずれてしまうのではないか。


私は3月14日に

『不謹慎とは何か。』

というブログを書いた。



ただでさえ日本は

「未曾有の不景気」

という経済破綻が囁かれている中、必要以上の

『不謹慎の空気』

で経済が停滞することこそ結果、被災地の復興を遅らすことになり、「継続」を怠らせることに繋がると思い、

「とにかく働ける人間は働くしかない」

と書いた。



「不謹慎の向こう側には労働者がいる」

ということを忘れないことが、未曾有の不景気に起こった
未曾有の大震災を、継続救済していくことに繋がると思ったからだ。


しかし、3ヶ月が経ち、ここに来てその

『不謹慎』

の意味合いがさらに

「おかしな融解」

を始めている気がする。


それは、一言で言えば先程触れた、

『3.10状態への帰還願望』

とでも言うべきか。

「日本人は変わることが苦手」

である。



私は、今回の大震災であらゆる日本の価値観が劇的に変革していくことこそが、今回亡くなられた多くの犠牲者の方々のある種の弔いだと思っているし、大きく日本の舵がきられ、日本人の価値観という年表に大きく刻まれることとなると信じていた。



その価値観とは、画一化された幸せを計る

「幸せ定規」

の長さが、個々の長さになるなど、既成概念の崩壊や、右へ倣えの終焉など。


しかし、日本人は変わろうとしていないのではないだろうか。


変わるどころか

「3.10状態への帰還願望」

をとても感じてしまう。


早くあの頃に帰りたい。


「果たして日本人にとって
3.10は幸せだったのだろうか。」

そんな疑問には目もくれず、、

当初は熱情のように盛り上がっていた震災や原発へのベクトルも

「続いてのニュース」

や、御都合主義の自己メリットに上書きされて、

大震災は忘却の彼方へ葬られようとしているような気がしてならない。


そして、

「自粛するべきものは自粛されず、自粛されなくていいものは自粛される」


という

『不謹慎の液状化現象』


により、溶解は恐ろしい程に分裂と乖離をし続けているようにも見える。


それも全て


この最悪の事態を
打破するために

「変わる」

のではなく

「戻る」

そのために、必死に辻褄を合わせようと、絡まった紐を強引に解き、

結果、奇妙な造形物が出来上がったにも関わらず、それを見て、

「戻った戻った」

と言っているようにも見える
気がする。

「継続は力なり」

という言葉がある。

とてもいい言葉だとは思うが
私は単なる「継続は力なり」
では、

「現状維持」

となってしまうのではないか
と思っている。

私は

「進化する継続は力なり」

という言葉を自分で作って座右の銘にしている。

「進化」「変化」

がなくして
「継続」はあり得ない。

特に今回のような誰も体験したことのない未来に立ち向かっていくには、恐れずに変革することが重要な気がする。

「戻る継続」

ではなく

「変わる継続」

これしか


「忘却という名の病」


の処方箋はないのではないだろうか。





2011年6月 8日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.07 そりゃそうだけど…

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今日はホリエモンの壮行会だそうで、田原総一朗さんメイドカフェ初体験。岩永です。



菅首相に石を投げつけていても何も変わらないと。


で、結局は誰がリーダーをするかというコトだと。


イヤイヤ、そんなリーダーがいれば苦労せんだろ!


というツッコミを入れたくなりますが、真っ当な意見。


まぁ、そうだよな。


リーダー次第ってコトだよなぁ。。





『スティーヴン・ヴォーゲル
カリフォルニア大学バークレー校教授に聞く』



菅首相が(鳩山由紀夫前首相に)実際に何を約束したのかは私の知るところではないが、何かを約束するという行為自体が間違っている。

国が危機的な状態にあるその時に、任期中の首相が、邪魔しないでいてくれたらいずれ辞任する、といった趣旨の言葉を口にすることはかなりおかしい。



本来は(不信任案の結果が出るまで)

「私は首相だ。この危機に対処するのが今もっとも重要なことだ。それまでは辞められない」

と最後までぶれずに言い続けるべきだった。

辞任を予告したことで、当たり前のことながら、菅首相は脆弱な立場から政権運営を迫られることになる。

しかし、そう言ってしまった以上は、混乱を最小限に抑えるやりかたで政権移行を急ぐしかない。



政府のレームダック化(死に体)という現象自体は世界的に珍しいことではないので、海外の目をことさら気にする必要はないだろう。



首相を国民の直接選挙で選べば、政治は確かに大きく変化するだろうが、日本人が長年慣れ親しんできた政治とはあまりにかけ離れている。

私は、今の日本に必要なのは、憲法改正を必要とする首相公選制の導入のようなことではなくて、政策の違いに基づいた競合的政治(competitive politics)を起こすことだと思う。

 

振り返れば、2009年に政権が交代した時、長年望むべくもなかった競合的政治が行われる可能性が生まれた。

これは大きな前進だったはずなのだが、残念なことに、いまだにその機会が十分に生かされていない。



まず民主党と自民党のトップが日本のために腹をくくると宣言し、復興や経済、財政赤字、エネルギー問題などに対する具体的な政策案を示すことだ。

そして、国民もメディアも、政治抗争を止めて政策案を出せと、今よりももっともっと強く要求することだ。

当たり前のことに聞こえるかもしれないが、日本にはこれができていない。

トップダウンとボトムアップの両方から動かなければならないのである。

菅首相に石を投げつけているだけでは不十分なのだ。



とはいえ、私は長期的には日本の政治に楽観的だ。

衆議院選挙があと2回行われる頃には、政界再編も進み、国民も二政党間の違いを実感できるようになっていると思う。



問題は憲法の改正ではない。

誰が首相なのかという、人の問題だ。

 

たとえば、小泉元首相は非常に強力で有効な首相のあり方を示した。

私自身は小泉氏の100%ファンではないが、政策が正しかったかどうかを別として、さまざまな制約のある中で強烈なリーダーシップを発揮したという点においては、彼の業績は評価できるのではないか。

経済財政諮問会議の積極活用や内閣総理大臣秘書官の重用を通じた首相官邸への(権力)集中などは、リーダーシップ行使に有効であることを示した。

 

一方、民主党政権は内閣官房に国家戦略室を設置し、政権の経済政策の中核的役割を担わせるとしたが、鳩山氏もその後を継いだ菅氏も結局、有言実行できなかった。


とどのつまりは、頂きに立つ人物のリーダーシップ次第なのだ。




2011年6月 7日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.06 梅雨。。。

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みやた です。


雨で肌寒いと思ったら、急にムシムシと暑くなる梅雨の気候。めまぐるしい気温の変化に体がついていけず、体調を崩しやすい時期ですね。

また、ジメジメとした湿気がストレスとなったり、雨につきものの低気圧が体に影響を与えたりと、さまざまな要因が重なって、梅雨どきは肉体的にも
どんより としがちですよね。


梅雨を上手に過ごすには、普段以上に体や心をいたわってあげることが大事なんだそうです。栄養バランスのとれた食事を心がけ、十分な睡眠をとり、不安定な気候に負けない心身をつくることが大事。って、みんなコレが出来たら苦労しないでしょうけどね(*^^*)


でも、ちょっと いたわってあげようか って、意識してあげるといいのかもしれないですね。

天気予報で気温のチェックを忘れずにして、出かけるときは、カーディガンなど脱ぎ着して体温調節ができるものを持ち歩くと安心ですね。


それと、気分が落ち込んだり、イライラしたりすると、筋肉がこり固まって肩こりや頭痛の原因に。
家やオフィスで首や肩を簡単にストレッチしてほぐして、心と体をリラックスの状態にもっていくのが大事だそうですよー。

あと、、湿度が高いと、汗が皮膚の表面から蒸発しにくいため、汗をかきにくくなります。すると体内に余分な水分がたまり、だるさや手足のむくみなどの原因となります。

余分な水分を体内にためこまないように、半身浴や、発汗作用のあるショウガやネギ、シソなどの食材を取り入れるのも大事だそうですよー。

2011年6月 6日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.06 今日のランチ

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みやた です。


今日は、アンセムのギリギリご近所さん、精華町桜ヶ丘にあるHASU HAでランチしてきました。

http://r.gnavi.co.jp/c818000/map/


心地よい音が流れていてバリの雰囲気が楽しめるいい感じのお店です。

あ、、バリには行ったことないですけど(*^^*)


今日はオムミーゴレンのセットにしましたよ。

それで食後はバリ コピっていうコーヒー。砂糖とミルクをお好みで入れてかき混ぜて、粉が沈殿してから頂くという。
後味スッキリで美味しかったです。



今日もしましたよ。ノンストップトーク(^_-)



2011年6月 6日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.06 「言葉がない」を大事に

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「息子に恥かかせたい」毎日違うコスプレで子どものスクールバスを見送るお父さん。岩永です。




「言葉がない」ことを大事にしようと思った。

前に進むために「少なく言う」ことにしました。


とても平易な言葉の端々から漏れ出てくる、スマートな力強さ。


「少なく言う」はとても難しい。





糸井重里さんの「ぼぼ日刊イトイ新聞」より。


『「言葉がない」を胸において』



2010年の6月6日から、一年が経って、

「なにごともなくてよかったなぁ」と、

2011年の正月あたりには、言うつもりになってました。

いいお天気ですね、というような、いつもの挨拶です。


しかし、それは3月11日の午後までの予定でした。

あの日は金曜日で、翌日は土曜日、その次の日は日曜日。

もうひとがんばりしたら、週末の休みだという思いで仕事をしていましたっけ。


そこからのことは、あえて省略しましょう。

大きく変わるもの、変わらないもの、

たくさんのことが、いまも継続中の問題になっています。

ぼくも含めて、「ことばがない」ということばが、

これほど何度も使われたことはなかったと思います。

「ことばがない」とは、

言うべきことが、わからない。

じぶんがなにを思っているのか、つかみとれない。

そういう意味を持っています。

たいていのことは説明可能だとばかりに、

根や幹のないことばをやりとりしていた人々が、

ついに、ほんとうのことを言ったのかもしれません。


「ことばがない」と言うようなことは、

それまでにも、いっぱいあったのだと思います。

こころってやつは、そんなに簡単には、

ことばを探せないものなのです、おそらく。


ぼくも、もちろん、「ことばがない」状態でした。

そして、その「ことばがない」ということを、

大事にしなくてはいけないと思いました。

ことばにならないことを、

なにかわかりやすい「仮のことば」に乗せて、

闇の中を走ってはいけないと考えたのです。


わからないことだらけ、思ったこともないことばかり。

そのことを胸において、

それを土台にして、ことばを使おうとしました。


でも、やっぱり、ことばを使わないと、

ぼく自身や、ぼくの周囲の人たちが、

どこを見て、どうしていけばいいのか、

前に進むための目印がなくなってしまうと思ったので、

できるだけ「少なく言う」ことにしました。

遊びのためのことばは、いくらでも言えばいいのですが、

「少なく言う」ことは、

それまで意識したことがなかったので、

なかなかむつかしいことでした。

たまに、その約束をやぶってしまったかもしれません。


そんなふうなことを考えながらも、

ことばのお世話にならなかった日はありません。

ありがたいなとか、こわいなと思いつつ、

ずっと、やっと、ことばを使ってきて、

6月6日の、この日を迎えました。

ほっとはしてませんけど、ずいぶんうれしいです。


いつもの年と、やっぱりちょっとちがう挨拶になりました。
もっと別の言いたいこともありそうですが、

それはいいや。

毎日の「ほぼ日」で、見ててもらえばいい。

ともかく、ぼくも、ぼくらも、元気です。

元気で13周年の日を迎えられました。


元気なじぶんがいれば、まずはなんでもできる。

そこにある、ありあわせのもので、

けっこうなことができるものです。

たいしたことないわたしと、

とるにたらないなかまとで、

案外、いけるものだということも知ってます。

できるだけたのしく、やっていきます。


そして、毎日言ってますけれど、

「ほぼ日」に集ってくれる人たち、

ありがとうございます。

「ほぼ日」というこの場所にくるのが、

ぼくも大好きです。

13年間も通い続けて、まだまだおもしろいもの。


来年、2012のこの日には、ぜひ、

なんか、大笑いとかしてみたいなぁと思ってます。





2011年6月 6日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.05 合間に

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みやた です。


営業時間の合間の栄養補給。

お腹にたまりやすいから飲むヨーグルトをよく飲むんですけど、、はじめて野菜のやつを買ってみました(^_-)


前から気になってたんですよね。


今日もコレで乗り切るんだp(^_^)q


2011年6月 5日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.04 ぼくらはそれでも肉を食う

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林さんとライス国務長官が結婚したらハヤシライスになるの? 岩永です。



「動物を擁護したり、養殖して食べたり、人間ってなんなの?」

コレは誰もが一度は考える問題では?




『書評・僕らはそれでも肉を食う。(人と動物の奇妙な関係)』



人間と動物はこんなに深く関わってきたのに、知らないことばかりである。

動物との関わりを通してみえてくる数々のジレンマ。

それ等を考察した「人類動物学」という学問をテーマにした一冊。



はたして、動物の権利というものを考える時に、「捕獲」「処分」「管理計画」と「殺戮」「大量虐殺」「残虐行為」の線引きは、いったいどこにあるのだろうか。



最も多く議論されてきた問題は、食用犬を巡る論争であるだろう。


イヌを食べることに対するタブーはふたつの正反対の感情から生じている。


アメリカ人やヨーロッパ人は、イヌを家族の一員と扱っているがゆえにイヌ肉を食べない。


一方、インドや中東の大半ではイヌは卑しい動物とみなされ、その不浄さゆえに食べられることはない。


今でもイヌ肉が大人気なのは、韓国や中国である。


ここでも中国では冬の食べ物、韓国では夏の食べ物とされているなどの違いがある。


そして、韓国において食用犬として人気があるヌロン犬は、ペットにはならないなど、社会的に線引きするような仕組みもあるという。


そのあり方に賛否はあれど、考古学的な証拠によって、人間は何千年もイヌを食べ続けてきたことがわかっている。



また、マイケル・サンデルの『ハーバード白熱教室』で有名になった「トロッコ問題」に関する言及も興味深い。



[トロッコ問題]



暴走したトロッコが五人のほうに向かっている。


あなたは軌道にかけられた橋の上にいる。


となりにはまるまる太った男がひとり。


この男を橋から突き落としてトロッコの軌道に放り込んでやれば、五人を救える。


さて、これは道徳的に許されるだろうか?



通常のトロッコ問題では、一人の人間と五人の人間を天秤にかけている。


これを、男性と五頭のゴリラ、見知らぬ男性とあなたの飼いイヌなどに問題を置き換えると、回答がどのようになるかという考察である。


この場合、人間同士を問題にした場合とは異なる結果が導かれるケースが多く、ほとんどすべての被験者が、人間を優先的に選択したという話が紹介されている。


人間は自分達の利害をほかの生物種より上に置こうとする道徳的文法を生まれつき持っているということなのだ。



このように動物をめぐるさまざまなジレンマを考察するということは、人間自身をより深く知るということにつながることでもある。



そして、そこで明らかにされるのは、人間という存在そのものが矛盾をはらむものであり、動物をめぐる道徳心にも、一貫性を見出すことはできないということである。


人間だけが絶対的な高みに立って、動物たちを線引きをすることなど到底できっこないのである。


人間もまた動物界における相対的な存在として、混沌を受け入れていかなければならない。


動物を巡る価値観の違いだけで、誰かを非難する資格など、誰もが持ちえないということなのである。




 

2011年6月 4日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.04 無力感と付き合うこと

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原口さんの「手のひら返し」が酷すぎる、と話題に。岩永です。



やはり、昨日の不信任案については茶番という記事がほとんどですね。


確かに「何だそれ…」でありました。


まぁ、菅さん「辞めます」とは一言も言ってないですから。


「私がやる事やったら、その後の責任は若いもんに任せる」

としか言ってない。


解釈のしようだという事か。


無力感なぅ。。




『無力感と付き合うこと』



「科学が発達した現代の人は、何でも思い通りにコントロールできると思ってしまう。だから、思い通りにならないものに対しては過剰に苛立つ」

というようなことを、河合隼雄先生がどこかの著書で書かれていた記憶があります(出典見つけられず)。


これは育児に関する話の中での言及でしたが、育児に限らず、あらゆる場面で思い当たる指摘でもあります。

個人の能力が拡張され、さまざまなものを高い精度でコントロールできるからこそ、コントロールできないものを許容しがたいと感じてしまう。


そして、コントロールできないものが許容できないとなると、人はそれを排除しようとします。

弱いものであれば叩いて従わせ、強いものであれ視界から外して関心をなくしてしまう、という形で。


社会・政治への関心の低さも、同じ「コントロールできないものが許容できない」ことから生まれているように思います。

そしてまた、関心を持たなくても何とかなる時代が続いてきていたし、今も物質的に豊かで、激しい危機感を抱かせるようなものは、あまり目に付きません。

だから関心を持たないことがマズイと感じられにくい。


仮にも選挙権を持った人間が、政治を「コントロールできない」と考えるはひどい話だ、ということでもあるんですが、とはいえ、たった1人の投票が直接ナニを変えるもんでもない、というのも確かで、しかしまた、1人が変わらなければ全体も変わるわけがない。。



改めて考えてみると、1人の力では簡単に動かし得ない巨大な組織に対し自分の声を届けていくためのノウハウを、まるで知らないことに驚きます。

システムの知識はあっても、どのくらいの期待値を持って、どのように訴え、大抵はろくな成果が上がらないであろうことをどう受け止め、どう無力感に耐え、次に繋げ、そうした中で少しずつでもゴール向かっていくにはどうすればいいのか、といったあたりが、よく分からないことに気付きます。


とはいえ、どこかから名回答がやってくるようなものではないでしょう。

物分かりの良い奴っぽい結論にしたいわけではないのですが、自分の力はそんなもんに過ぎないことに絶望せず、関心を切らず、容易にはコントロールできないものにも目を配り、しつこく行動を続けるしかないのだろうと思います。


力不足を感じることはあっても、何かをした結果が全くのゼロということはないはずです。

まさに諦めたらそこで世界終了といいますか、勝つまでやめなければ勝てるんだと言いますか。

そんな感じでひとつ。





2011年6月 4日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.03 髪

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みやた です。


さてさて、、


歴史に名を残す美女ともなると、美へのこだわりも並ではありません。。


古代エジプトの女王クレオパトラといえば、黒く艶やかなボブスタイルでおなじみですが、あの髪は、ヘナで染めていたのだとか。
また、棒に巻きつけた髪に、アルカリ性の粘土をつけて乾かし、パーマをかけていたという記録もあります。さすがは古代のファッションリーダー。

「雲鬢花顔金歩揺 やわらかな髪、花のような顔、歩くたびに金のかんざしが揺れる 」と、その美しさを詠われた楊貴妃の髪も、美しいことで有名。秋から翌春にかけてをきまって過ごしたという温泉地の城では、温泉の湯で髪を洗い、風になびかせながらブローしたといわれているらしいです。


歴代の美女のなかでも、髪へのこだわりナンバーワンといえば、なんといってもオーストリア皇后エリザベート。腰までのばした髪を、毎日三時間もかけて侍女たちに編み上げさせ、その途中一本でも髪が抜ければ激怒し、厳しく叱りつけたそうです。

さらに二週間に一度の洗髪は、まさに一日がかりで、侍女たち総出で、テーブルいっぱいに広げた髪を、それはそれは慎重に洗ったそうです。生卵30個とブランデーでつくる特製シャンプーで洗い、すすぎにはバラ水。最後は温めた布と温風で、丁寧に髪を乾かしたそうです。



日本でも昔から、美しい髪は美人の絶対条件。紫式部の「源氏物語」にも、髪にまつわる話がたくさんある。
髪の美しさで群を抜いていたのは末摘花の君だそうです。その美しさは光源氏も「これほど素晴らしい髪は見たことがない」と驚くほどだったとか。不遇で世間知らずで、しかもあまり美人ではなかった末摘花が玉の輿に乗れたのは、一途で純真な心と美しい髪のおかげだったと言われているそうです。

平安時代の女性の髪といえば、大垂髪といって、背丈ほどもある髪を後ろに垂らしたスタイル。このスタイルが変わるきっかけをつくったのが、江戸時代の出雲の阿国という女性。男性の役づくりのために結った若衆髷が評判となり、髪を結ことが女性たちのあいだで大流行したそうです。


その後は、時代の激動とともに髪型も大きく変化。日本髪ご洋風にアレンジされ始めた明治時代。ボブのモダンガールが登場した大正時代。アイドルが次々に流行を発信した昭和。そして、世界の流れを取り込み多様化した平成、といった具合に変化はどんどん加速していきます。


これほどまでに、ヘアスタイルが変化し話題になってきたのは、女性の髪に対する強い思い入れがあってこそ。いつの時代も「髪は女の命」自分らしいスタイルをみつけたいですね。




御相談、、大歓迎ですよー


2011年6月 3日 宮田 | 宮田 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.02 ゆうだい君の手紙

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内閣不信任案、否決。岩永です。



罵り合う大人達、黙り込む大人達、

子供達が見てるぜよ。。




5月18日の毎日小学生新聞に都内に住む小学6年生ゆうだい君(仮名)の手紙が掲載され、話題になりました。


同紙の3月27日付紙面に掲載された、元毎日新聞論説委員で経済ジャーナリスト・北村龍行氏が書いた、

「東電は人びとのことを考えているのか」というコラムに反論するものでした。


北村氏は、東電という会社が起こした原発事故が、日本社会に与えた影響の大きさをつづった後、自己処理につまずいていることを指摘し、その理由を、東電が地域独占で競争がなく、危機対応能力を磨く訓練を受けていなかったからだと書いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ココからゆうだい君の手紙。)



突然ですが、僕のお父さんは東電の社員です。

3月27日の日曜日の毎日小学生新聞の1面に、

「東電は人々のことを考えているか」

という見出しがありました。

元毎日新聞論説委員の北村龍行さんの「NEWSの窓」です。

読んでみて、無責任だ、と思いました。



みなさんの中には、

「言っている通りじゃないか。どこが無責任だ」

と思う人はいると思います。



たしかに、ほとんどは真実です。

ですが、最後の方に、

「危険もある原子力発電や、生活に欠かせない電気の供給をまかせていたことが、本当はとても危険なことだったのかもしれない」

と書いてありました。
 

そこが、無責任なのです。



原子力発電所を造ったのは誰でしょうか。

もちろん、東京電力です。

では、原子力発電所を造るきっかけをつくったのは誰でしょう。

それは、日本人、いや、世界中の人々です。

その中には、僕も、あなたも、北村龍行さんも入っています。



なぜ、そう言えるのかというと、こう考えたからです。

発電所を増やさなければならないのは、日本人が、夜遅くまでスーパーを開けたり、ゲームをしたり、無駄に電気を使ったからです。



さらに、発電所の中でも、原子力発電所を造らなければならなかったのは、地球温暖化を防ぐためです。

火力では二酸化炭素がでます。

水力では、ダムを造らなければならず、村が沈んだりします。

その点、原子力なら燃料も安定して手に入るし、二酸化炭素もでません。

そこで、原子力発電所を造ったわけですが、

その地球温暖化を進めたのは世界中の人々です。



そう考えていくと、原子力発電所を造ったのは、東電も含み、みんなであると言え、また、あの記事が無責任であるとも言えます。

さらに、あの記事だけでなく、みんなも無責任であるのです。



僕は、東電を過保護しすぎるかもしれません。

なので、こういう事態こそ、みんなで話し合ってきめるべきなのです。

そうすれば、なにかいい案が生まれてくるはずです。



あえてもう一度書きます。
ぼくは、みんなで話し合うことが大切だ、と言いたいのです。

そして、みんなでこの津波を乗りこえていきましょう。


(ゆうだい・小6・東京都)





 

2011年6月 2日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)

2011.06.01 夜ゴハン

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みやた です。


今日は帰宅後、ちょっとしたものなら、と、作る気力があり尚且つ、彩り的にもよかったので、パシャリ



またもや、パスタ生活が始まっています。


パスタ生活とは、パスタが切れるまで食べ続けるの意味です。


パスタは続きますが、自分で作ると自然に野菜とキノコが増えるのでやっぱり作った方がよさそうです(^ ^)


これに、野菜ジュースに、リンゴ酢で完璧。





2011年6月 1日 宮田 | 宮田 | コメント(1) | トラックバック(0)

2011.06.01 震災刈り

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全国理容連合会(東京都渋谷区)は31日、ドライヤーいらずで節電効果があり、元気も出てくるというヘアスタイル「スマイル・ヘア」を発表した。

関東大震災後に流行した「震災刈り」を現代風にアレンジした。

岩永です。



ジャパンビジネスプレスでの、相馬市長へのインタビュー記事。

このインタビューが素晴らしい。

この市長ホントのリーダーだな。



「大まかな方向性はオレが決める。

細かいコトは各自の判断で頼む。

責任はオレが持つ。

全員一丸となって働こう。

全員のために。

だから、ワガママ言うヤツにはオレは怒るぞ。怒鳴り散らすぞ。」



圧倒的なリーダーシップ。





『死なせてしまった消防団員たちの遺志を継ぐ』(立谷秀清・相馬市長インタビュー)




立谷市長には、完全に体に染み付いているリーダーシップを感じた。

実際、相馬市では1512世帯が津波の被害を受けたが、被害を受けた地区の約5200人の住民のうち、9割の人々が一命を取りとめている。

 
今回の大震災では大きな津波の被害を受けた東北地方の市町村の中で、人命を救えたという意味では圧倒的な割合である。

立谷市長の迅速で的確な指示が功を奏した格好だ。


その後は本文にあるように、震災発生の翌日、3月12日午前3時までに考えられることはほとんどすべて盛り込んだ復旧プランを作り上げ、市役所の人たちや消防団員、住民がやるべきことを決め、市が一丸となって復旧に乗り出した。

 
インタビューのために市役所を訪れて強く印象に残ったのは、市役所で働く人たちと市長とのコミュニケーションの良さだった。

細かいことまで指示しなくても、市役所の方々は阿吽の呼吸で自ら判断しててきぱきと動いていく。

 
「リーダーとは大きな方向性を打ち出す人のこと」と立谷市長は言う。

そして、市役所の職員たちとのコミュニケーションには非常によく気を使う。



(ココからインタビュー)



リーダーシップなんていう立派なものじゃないですよ。

我々はみんな素人。

所詮、地方公務員、地方の首長だから、こんな震災対応に慣れているわけじゃない。

みんなで知恵を出し合って、必死にやってきただけです。


震災直後にやらなければならないことは、とにかく「次の死者を出さない」ということに尽きる。

今はある程度、そこは担保できる状態になったから、これからは復興です。

 震災発生から2カ月余り、「復興とは何か」ということをずっと考えてきました。

非常に漠然とした言い方になるかもしれないけれど、結局、被災者がそれぞれの人生計画を立てられるようになることが復興だろうと思っています。

口で言うのは簡単でも、実現するのは難しい。


ただ、相馬市では、被災した翌朝3時に大方針を作ったんです。

直後にやらなければならないことと、復興に向けて今からやらなければならないことを1枚の紙にまとめて、誰でも分かるようにした。

だいたいレールを敷いたので、その線に沿って突き進むだけです。



[震災翌朝にまとめた1枚の紙]


 
すぐやらなければならない短期的な対応は、生存者の支援や行方不明者の捜索、道路の確保、遺体安置所の手配など。

孤立者がいるとヘリコプターの手配をしろとか、道路の確保のために建設会社に言って重機を押さえろとか、避難者のために炊き出しや毛布が必要だとか、そういったことです。


復興に向けてやらなければならないことは、例えば瓦礫撤去。

震災翌朝から始めるにしても、撤去した瓦礫の置き場所を探さないといけない。


それから、空きアパートを全部押さえて、仮設住宅の場所を確保する。

今晩中に仮設住宅の場所をある程度面積を出して、明日の朝には国土交通省に申し込め、と指示を出しました。


これだけ大規模な震災である以上、この段階で仮設住宅の場所にせよ、棺おけにせよ、すべて競争になることは分かっていましたから。


生活資金、見舞金みたいなことも考え、被災して3、4日目から1人4万円ずつ配りました。

その時、ただ配るだけではなく、

「あなた今、どこで何をやっていますか、連絡先はどこですか」と聞く。

お金がもらえるから、みんな申請に来るでしょう。
 

それをデータベースにするわけです。

このデータが実は貴重なんです。

相馬市の被災の状況が手に取るように分かるようになるわけですから。
 

やらなければならないことを僕が決めました。

その先は、有機的に動くために役所の全員が1つの方向に向かってやるぞと言って、各課に仕事を割り振った。

私が果たした役目は監督ですね。
 

想定外のファクターが原発でした。

原発騒ぎによって敷いた路線がズレてしまわないよう注力しました。

例えば、国から避難命令が出ない限り僕らはここで頑張る、と。

そうすると、薬がないとか、生活物資が足りないとか、色々と問題が出てくる。

それをみんなで解決していくのが災害対策なんだろうと思います。


住民はみんな不安になっているけど、多少の不安であったら放っておけばいい。

例えば、僕が避難所に行くと、必ず不平不満や文句を言う人が出てくるんですよ。
 

でも、そんなことをいちいち聞いていたら大変です。

だから、不平不満を言われたら僕は怒ることにしているんです。
 

「お前らに言われるようなことはない。お前ら、ここで寝ているんだろ。オレは被災対策でこれだけやっているんだぞ」って。

だって、精一杯やっていて、もうこれ以上のことはできません。

それに住民の不満をすべて聞いていたら、大きな目標を見失ってしまいますから。



[ありがた迷惑な善意]



この集団で一体となって災害処理と復興をやっていくことを決めたので、相馬で仕事する限りは、全部、対策本部の指示に従ってもらっています。

ボランティアや専門家など、色々な仕事をしたいとかいう人が来るけれど、ここで仕事をする限りは我々の指示に従ってもらい、役に立たない人には帰ってもらう。
 

善意だから断るのは難しいんですけど、本当に余計なことをする人がいるんです。

避難所でアンケートを配って、その中に「原子力は心配だ」と書いてあると、その人たちに原子力の講義をしましょう、と。これは私は許さない。

やるんだったら市民全員にやれ、と。
 

ある政治家がどこかの避難所で「何が欲しいですか」と聞いて、洗濯機という声があったので洗濯機を送ってきた。これも許さない。

 
洗濯機を配るのであれば、すべての避難所に配らなければならない。

全体が見えていない人たちが一部の人だけに勝手なサービスをするというのが、一番困るんです。
 

炊き出しにちょこっと来てくれる人が、ずっと面倒を見てくれるかというと、そうじゃない。

やってくれるのなら、市に話を持ってきてもらいたい。

そうすれば、昨日はこっちで炊き出しがあったから今日は別の場所に、といった具合に振り分けられますから。
 

みんな自分の行きやすい所ばかりに行くから、そこはメタボになってしまうんです。

メタボで贅沢で言うことを聞かない連中になってしまう。

地元のためを思うのであれば、相馬市に一言断ってやってほしいと思います。



[怒鳴りまくるけど、本気で怒っている余裕なんかない]



私は周囲に止められるくらいに怒鳴りまくるんだけど、実は演技なんです。

本当には怒れません。

そんな余裕なんてありませんよ。

「市長が怒るから、ちゃんとやれ」ということにしないといけないから、あえて性格異常者になっている。
 

「あいつが言いだしたら大変だ」ということにしておかないと動かないから、市長がカンカンに怒るしかない。

でも、本当に怒る余裕なんてどこにもないんです。
 

やらなければならないことを挙げれば、キリがないんですよ。

 
例えば漁業の再生。

先日は相馬で「原釜元気朝市」というのをやった。

地震のあと、漁師たちはみんな港に向かったんですよ。
 

自分の船のエンジンをかけて津波に向かって走った。

セーフのヤツもいるし、死んじゃったヤツもいる。

命をかけて船を守った。

なぜかというと、みんなローンを抱えているからです。



[相馬のことは相馬が一番分かっている]



そのローンのある人たちに、今なにバカなことを言っているかというと、漁を再開するのに網がない、だから網を買うのに利子補給をしますよ、と。
 

でも、もともとローンがあるから二重債務になってしまうんです。

だから、本当は網を現物でくれないといけない。

3分の2を助成するとか、そういう知恵がない。

 
やはり、相馬のことは相馬市が一番分かっている。

だから、相馬市のことは相馬市でやるしかない。

地方分権論になるんだけれど、結局、地方政府なんですよ。

日本は地方政府と中央政府でできているんです。
 

県は広域自治体であって、国と相馬市の間に支援すべき存在として入っている。

今後、そういう感覚に立って県政をやっているところと、やっていないところの差が出てくるでしょうね。

 
これから、とにかく私の責任でやらなければならないことは、遺児孤児に生活支援金を出すことです。

震災直後の津波で、磯部という集落で大勢の住民が亡くなったんですが、実はその際の避難誘導で10人の消防団員を死なせてしまったんです。



[死なせてしまった10人の消防団員]



3月11日の午後2時46分に揺れだしてすぐ対策本部を立ち上げ、まず、内陸部は倒壊家屋の調査をして下敷きになっている人がいたら助けろ、海の方は津波が来るかもしれないから避難させろと指示を出した。
 

磯部は高台から相当距離があるから、避難誘導はきっと大変だったと思います。

だけど、果敢に向かったんです、彼らは。
 

するとその後、続々と津波の情報が入ってくる。

「6号バイパスまで波が来ている」
という報告があって、最初は
「何をバカなこと言っているんだ」
と思ったくらい、信じられない状況でした。


そこで磯部に聞いてみろと言ったら、全く連絡がつかない。


結局、磯部では消防団員9人が命を落としました。

消防団の車が2台あって、車の中で発見された人もいれば、近くで発見された人もいた。

バラバラに集落を回って、「逃げろ、逃げろ」と誘導したんですね。
 

消防団の車に乗って逃げたら逃げられたのに、最後まで仕事したんです、きっと。

多分、波が見えた時は覚悟したんだろうな。。
 

後から話を聞くと、もう本当に胸が苦しくなります。

子供たちが「父ちゃん、危ないから一緒に逃げるべ」と言ったのに、「ダメだ、俺仕事だから行かないといけない」と言って出ていって死んじゃった。

親が止めたりしたり。

彼らは民間のボランティアだから、職業でもなんでもない。

ただ郷土愛だけで消防団をやっていて、その郷土愛に殉じたんです。

 
彼らが頑張ったおかげで、相馬市は被災人口に対して死んだ人が1割で済んだ。

頑張ったけど死んでしまった。

対策本部長として「逃がせ」と命令したのは俺だから、俺の責任です。



[47人の子供たちを大学まで出したい]


 
亡くなった連中は何を思っただろうな、と色々と考えました。

みんな、30代、40過ぎくらいの連中だから、やっぱり残した子供たちのことを考えただろうな、と。

そこで亡くなった消防団員に子供が何人いるか調べたら、11人いた。

そのうち2人は18歳。

それより下が9人。

親の代わりはできないけれど、この子たちのために何かしなければならない。


親が生きていたらきっと、子供にちゃんと育ってほしい、強く生きてほしいと考えるはず。

そう考えると、やってあげなければならないのは、やはり教育なんです。
 

それで、まず子供たちが18歳になるまで月々3万円を支給する生活支援金条例を作ることにしました。

特に根拠はないけど、離婚した親が奥さんに渡す額がだいたい3万だって言うから、勝手に3万円と決めた。
 

実施に向けて調べてみたら、親を亡くしたのは消防団員の子供たちだけじゃなかった。

最初に調べたら44人。


ところが、すぐに市役所の職員にも殉職者がいたことが分かった。

これまた葬式に行ったら、9歳と10歳の子供が「パパー」なんて泣いていて、本当に参っちゃう。。

この2人も当然、支援金の対象に入る。

だから条例を作る時、「その他、市長が認める者」としたんです。

そうしたら、まだもう1人いた。お腹の中に。それで全部で47人です。
 

子供を強くするには教育しかない。

今の日本社会は、やっぱり学歴ですから。

学歴というか学力と知識。

そのために子供たちが18歳になるまで毎月3万円ずつ払ったら、総額2億円くらいかかります。

この子たちを全員、大学に入れたい、できれば東大に入れたいと思って、今そのお金を必死に集めているところです。

 
次の市長がそう考えてくれるかどうか分からないから、俺が市長をやっているうちにキッチリお金を集めたい。

だって、任期の残り2年半やったら、俺はもう力尽きるだろうから。



[震災後の窮地で支えてくれた市長仲間]



震災直後には、「なんで俺、こんな時に市長やっているんだろう」なんて思ったりもしました。

けれど、そんなこと考えても仕方がない。

 
そんな時、全国にいる知り合いの市長たちに随分助けられ、励まされました。
 

例えば、沖縄県南城市や福井県敦賀市からたくさん救援物資をもらった。

ドカーンと寄越したのは高知県安芸市や京丹後市。

敦賀の市長なんて、10トントラックの助手席に乗って自分で支援物資を持ってきたんだから驚いた。
 

車がないから中古車をくれと頼んだら、沖縄から軽自動車が3台届いたし、つくば市からも中古車を3台送ってもらった。

おかげで相馬市には救援物資がかなり集まって、近隣の自治体にもガソリンや水を分けたりすることができました。
 

市長を10年以上やっているから、全国に友だちがいっぱいいるんです。

特に道路族と言うのかな、そのつながりが大きかった。

東京の人は道路なんて要らないと言うけれど、相馬市は3次救急が福島医大で、道路が狭くて救急車が通れない。

だから高速道路を造れ造れって言っているうちに、仲間がいっぱいできた。
 

東京の人が考えるのと違って、田舎には本当に道路が必要なんですよ。

人口が少ないから、道路にかける経費と人間の数を考えたら費用対効果がどうたらこうたら言うけれど、費用対効果だけで計れる問題じゃない。

 
そうやって道路建設を推進してきた仲間たちが、今回、バーッと助けてくれた。

国も県も何も寄越さなくても、地方から集まってきた。

本当に心から感謝しています。





2011年6月 1日 岩永 | 岩永 | コメント(0) | トラックバック(0)


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